アレックス・カーと日本の関わりが深い!経歴や仕事は何?古民家再生のプロデューサー


8月16日(火)19:00 所さんのニッポンの出番SP!日本の○○にゾッコンな外国人が続々登場

アレックス・カーさん

日本とのかかわりは意外に古いです。

アレックス・カーさんは1964年に日本に初来日してからの付き合い、最初の来日はお父さんの仕事の関係での来日でした。

たまたまアレックス・かーの両親が三浦半島に別荘を持っていたため、日本の建物に非常な興味を持つようになりました。

 

アレックス・カーの経歴

1952年アメリカ、メリーランド州生まれ。
日本には1964年に初来日。
エール大学およびオックスフォード大学で日本学と中国学を専攻。
1973年に徳島県東祖谷山村で茅葺き屋根の民家(屋号=ちいおり)を購入し、
その後屋根の吹き替えを完成させ田舎の復活活動に取り組んできた。
1977年から京都府亀岡市に在住し、京都を初め日本各地で文化講演、執筆活動などを続ける。1984年から1993年まで、アメリカの不動産開発会社トラメル・クロー社の日本代表を務める。
1993年、著書『美しき日本の残像』(新潮社刊)が外国人初の新潮学芸賞を受賞。
また、2001年には『犬と鬼』(講談社刊)を執筆し、日本が抱える「文化の病」を取り上げ注目を浴びる。1997年からタイ(バンコク)に第二の拠点を構え、京都とバンコクを往来しながら文化活動を続ける。
2003年12月4日、「美しい日本を次の世代に」を使命として、京都に株式会社庵を設立、取締役会長に就任。京町家の保存を目的に京町家スティと日本の 伝統文化体験研修事業を発足するとともに。
全国で地域観光振興コンサルティング事業も展開する。2005年、京都とバンコクで「ORIGIN」(オリジ ン)プログラムを設立。ORIGINは伝統芸術の紹介・研修を主にプロデュースし、京都では茶道・書道・武道・能楽を中心に開催。

≪日本家屋との出会い≫

アレックス・カーは小さいときの原体験で日本の家が好きになった

アレックス・カーは神奈川県の三浦半島の御崎(みさき)という小さな村に両親の持つ別荘があり、しばしば泊まりに行きました。

横浜市からすこし出ると、もう緑の山。海岸沿い に(車で)走っていくと、畑ばかり。海岸沿いには松の木が並び、夕方になると風がシューッとそよいでいました。

何十年かあとの2年間、芦屋の奥池(おくい け)というところに住んでいたのですが、あのあたりは松が残っていて、その松風の音を聞いて(三浦半島を思い出し)懐かしくなることもありました。こども のときに日本に来ましたが、とくに好きなのは日本の「家」でした。

≪日本の家の演出が大好き≫

玄関があります。玄関にたどり着いたら、また奥へ続いていて……。立派なお屋敷なら、またさらに離れがあったり、茶室があったり……。そういうちょっとし た小宇宙のような空間が日本の「家」にあったことが、こどものころの私はすごく好きでした。

そのあとアメリカや、イギリスへ引っ越したり、大学に通うな ど、さまざまなことがあり、その間も頻繁に日本を行き来していたのですが、また1977年に日本に帰ってきました。

 

≪徳島祖谷地区に惹かれる≫

1971年、大学生のころ、アレックスはヒッチハイクをしながら日本全国一周の旅をしていました。

そのときに行ったのが、四国・徳島県の山奥にある祖谷(いや)、 日本の秘境のひとつと言われている神秘的な山村でした。

アレックスは祖谷という村に惚れ込んでしまい、大学を休学し、1972~73年のほとんどを祖谷で過ごしま した。そのころ、すでに、村は過疎が始まっていました。

 

≪アレックス・カー家を買う≫

捨てられた空き家がたくさんあり、それを見て、貧乏な学生の私でもひょっとしたら家を持てるのかな と考え、家探しを始めました。それが1973年です。20歳くらいだったでしょうか、茅葺き屋根の古い民家を見つけ、そこを購入しました。

その茅葺き屋根 の古民家が原点となり、日本での生活が始まり、何十年いろいろな流れの中で「庵」という町家再生の仕事にたどり着いたわけです。

 

≪公共工事で壊される自然≫
その長い過程で、日本の山、川、海岸、伝統芸術などが好きだったのに、どんどん自然がつまらなくなっていきました。公共工事、土木工事などでさまざまなモ ニュメントが増え続け、美しい日本の自然がみるみるうちになくなっていくという悲しさがありました。本当なら日本にはどこにもない美しさがあるというの に……。
それで、アレックス・カーは1993年に『美しき日本の残像』(新潮社)という本を出版しました。日本の素晴らしい伝統芸術について書いたのですが、その中に彼が残念に 思っていること、日本の自然が憂いているということも書きました。その本を書いたあと、

彼はすこし心のどこかに疑問も残っていました。経済大国に発展していく には、道路やダムを造るということがついてくるものなので、世界中の先進国はみんな同じことをしてきたのではないだろうか、と。私が経済をよく理解してい ないロマンチストで、ただ耽美的な理由で語ってしまったのだろうか、という疑問が彼のずっと残っていたのです。

 

≪開発と自然保護≫

それからの6~7年は、彼はその疑問の答えを求めるための研究に費やしました。その結果が『犬と鬼』(講談社)です。2002年に出版されました。気持ちでし か分からなかったことに裏づけができ、日本はほかの先進国とは違うのだ、ということがアレックス・カーにははっきりわかりました。本を読んでいただけると詳しくわかると思いま す。

 

アレックス・カーの仕事

アレックス・カーが日本で最初に買った家
ちいおり

 

2010年11月に株式会社庵の取締役会長を退任。その後も長崎県小値賀町における古民家修復を中心としたまち作りのコンサルティングを手がけながら、徳島県三好市、奈良県十津川村など活動の対象を地方へと広めてプロジェクトを進めている。

原点でもある篪庵を拠点として、2005年に特定非営利活動法人篪庵トラストを設立した。 篪庵での宿泊・見学を通じて国内外から多くのゲストを受入れ、祖谷の生活体験を提供している。2009年からは地元の三好市と共に落合集落でプロジェクト をはじめる。現在は4件の茅葺き民家を改修して、古民家ステイとして運営しています。

古民家のプロデューサー関係の仕事が依然として多いですね。

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