桜井博志(旭酒造会長)は獺祭の蔵元プロフィールや酒造りのポリシーは


逆転人生「逆転の日本酒 世界に羽ばたく」

2019年6月24日(月) 22時00分~22時50分 NHK総合テレビ

獺祭で有名な旭酒造 桜井博志会長が出演します。

山口県岩国市周東町獺越。人口減少にあえぐ過疎の地に、旭酒造はある。

「地名より、獺祭という銘柄のほうが有名なんじゃないですか」

と語るのは、旭酒造の会長・桜井博志さん。

この酒造会社が倒産危機にあったという。桜井博志会長が酒蔵を継いだのは、1984年のこと。もともと旭酒造は地元市場をターゲットにしていたが、地域人口は減少するばかりで販路拡大は見込めなかった。旭酒造は倒産危機にあったのだ。

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「私が会社を継いだ当初は、前年比85%の状態でした。しかも折からの焼酎ブームで、日本酒そのものの市場規模も縮小傾向。周囲に買ってくれる人がいないのですから、マーケットを周東町だけに絞っていたのでは食べていけません。

かといって岩国市や広島市で競争をすれば、少ないパイを奪い合うだけ。最終的には値引き合戦となり、資金力で負けてしまいます。小さなマーケットを奪い合っても、結局は勝てない。

それなら、まだ入り込む余地のある大きなマーケットの一角を狙うべきだと考えました」

力を貸してくれたのは、東京の山口県出身者。
店に入り、自分の出身地の酒があれば飲んでみたくなるのが、人間の心理というもの。

東京には「山口県の銘柄酒」が少なかったことも幸いした。東京の求めに応じて造った純米吟醸酒は、地元の地名から一文字もらい、「獺祭」と名付けた。この新しいブランドが徐々に広まり、酒蔵経営は軌道に乗ったのである。

その後の多角経営。桜井社長は、飲食店経営と地ビール事業へ参入する。しかし結果は惨敗。多額の借金を抱えることとなった。さらに悪いことは続く。

経営難を聞きつけたのか、杜氏が他の酒蔵へ移ってしまった。他社の杜氏を引き抜くことも考えたが、杜氏の平均年齢は60~70歳。高齢化が進んでおり、それでは先細りするのが目に見えていた。

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桜井博志(旭酒造株式会社 会長)のプロフィール

1950年山口県生まれ。家業である旭酒造は江戸時代の1770年創業。1976年に旭酒造に入社。1976年まで西宮酒造(現・日本盛)で修行をする。

経営方針をめぐる先代の父との対立により一度退社。父が「お前なんかもう会社に出てくるな」と言うので、桜井博志さんも「そうですか、わかりました」と。

それから、いったん他業種に飛び込んで、(1984年に)父が亡くなるまで酒蔵を継がなかったのです。創業者の父子の対立はよくあることだが、あまり良いほうにいかないことが多い。しかし旭酒造の場合はそうではなかった。

その後、桜井博志さんは父の急逝を受けて84年に家業に戻った。

経営再建を図る。「杜氏制度の廃止」、「数値とデータに基づく酒造りへの挑戦」、「年間を通して酒を造る四季醸造の実現」、「遠心分離機の導入」など、業界の常識に囚われない数々の試行錯誤を経て純米大吟醸「獺祭」を生み出す。

こだわったのが酒米の精米。常識外れと言われた(※精米歩合23%)に挑戦。試行錯誤を繰り返すこと10年、かつてない味を持つ酒を生み出すことに成功した。そして桜井さんは、この酒を武器に海外に乗り込み、大逆転をかけ勝負の試飲会に挑んだ。

「獺祭」の大ヒットにより、ここ30年間で売上高を約40倍に拡大。「世紀最高の料理人」と言われるジョエル・ロブション氏と共同で「獺祭」が飲めるレストランをパリに出店するなど海外進出にも積極的に取り組み、欧米を中心に20ヶ国以上で販売している。

1950年山口県生まれ。73年松山商科大学(現・松山大学)卒後、西宮酒造(現・日本盛)での修行を経て、76年に実家である旭酒造に入社。先代である父との対立でし退社し、石材業を立ち上げ社長就任。84年父の急逝により実家を継ぎ、三代目当主として売上急減の酒蔵の再建に人生を賭ける。純米大吟醸「獺祭(だっさい)」の開発を軸に世界24ヶ国に展開する世界ブランドへと育て上げる。著書に、「逆境経営」がある。

(※精米歩合とは)
食用の白米で90~92%
酒用の精米歩合では

  • 普通酒 – 規程無し(一般に73~75%程度)
  • 本醸造酒 – 70%以下
  • 純米酒 – 70%以下
  • 特別本醸造酒 – 60%以下
  • 特別純米酒 – 60%以下
  • 吟醸酒 – 60%以下
  • 大吟醸酒 – 50%以下

なんと旭酒造の獺祭(だっさい)精米歩合23%がいかにすごい常識外の数字ということがわかりますね。

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桜井博志会長の酒造りのポリシー

■杜氏制度の廃止

旭酒造は酒造りから(※杜氏制度)を廃し、徹底したIT管理を導入。
旭酒造は、桜井会長の代になってから出稼ぎで訪れる杜氏制度を廃止し、従業員だけで酒造りを行うようになった。

(※杜氏制度とは)

酒造りの職人集団。受け継がれた技法や経験・勘をもとに酒造りを行う。日本酒を仕込む秋~冬~春(寒造り)にかけて蔵元へ出向き、それ以外の季節は農業・漁業など別の仕事に従事する。南部杜氏(岩手県)、越後杜氏(新潟県)、丹波杜氏(兵庫県)など全国に分布。

■海外進出

いい商品を作っていれば海外に目が向くのは自然なことだった。

桜井社長自らニューヨークに乗り込み、「おいしいから飲んで」と売り込んだ。人はなじみのないものに興味を示さない。まずは口にしてもらい、トップが顔を見せて熱意を伝えることで、海外のバイヤーを納得させることに成功。現在では売り上げの1割を輸出が占めるまでに販路が拡大した。

次の市場は、食の中心地であるパリ。2013年より直売店の開業準備を進め、「獺祭」のブランド構築を目指している。

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