杉山智行(クラウドクレジット)の経歴や大学!ペルー進出の理由は?


杉山智行社長がすすめるクラウドクレジットとは

クラウドクレジットは世界の個人や事業への
ローンに投資を行うソーシャレンディングサービス
です。

クラウドクレジットでは地域は北欧や南米、
アフリカなどなど、世界のファンドを幅広く提供しています(^ ^)

ファンドの基本的なスキーム図は下記の通りで…

 

子会社を経由、さらに提携会社を通じて投資するのが大まかな流れです。

クラウドクレジットは新興国投資の「最初の」
投資先国として、ペルーを選びました。

 

 

杉山智行の経歴

社長を知って会社を知ろう

ソーシャルレンディングのサービスが本当に急増していて、

どれがいいのか判断に困りますよね。
今回はクラウドクレジットの杉山智行氏に迫ります。
社長を知れば会社もわかる…かもしれません。

東大卒の杉山智行の経歴

杉山氏

2005年 東京大学法学部卒
2005年 大和証券SMBCに入社
2008年 ロイズ銀行東京支店に入行
2013年 クラウドクレジット株式会社を設立
2014年6月 投資型クラウドファンディング「Crowdcredit」の業務開始経歴を見る限り、30歳で起業し、現在も33歳という若さでクラウドクレジット株式会社の代表取締役を務めています。

学生時代には起業のことなんて
これっぽっちも考えていませんでした。

と杉山氏は言います。法学部の勉強を
真面目にしていた。

 

就職先は証券会社に決まった。
興味があったヘッジファンドを学びながらも、
マネーゲームになってしまうことへの危惧感もあり
外資系の銀行へ転職しました。

ここで海外の銀行と日本の銀行について学びました。

日本では銀行の貸し渋りが問題に取り上げられたりしますが、
本当は借りる側が少ないんです。

これに対しイギリスでは貸し出しを必要とする企業がとても多い。
ところが、預金高が少ないので、投資・運用するお金がないのです。

 

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ペルー進出の理由は?

ペルーに投資って日本では全くなじみがないと思いますが、
クラウドクレジットがどうしてあえてペルーを
選んだのか説明します。

最初の進出国をペルーにした理由は、主に以下の3つです。

1. 同じリスクに対してのリターン(市中の貸出金利)が高い

2. 国のマクロ経済が安定している

3. 外資規制が比較的緩やか

日本では個人投資家向けの海外投資商品(投資信託など)の
投資先国といえば以前はオーストラリアや南アフリカ、
最近はブラジル、メキシコ、トルコ、インドネシアなどが人気があります。

しかし、これらの国が投資先として選ばれて
がんがん宣伝されているのには理由があります。

これらの国の市場は新興国の中でも1番規模が大きく、
大手の業者が投資信託を組成する場合に
ワンショットで数千億円規模(少なくとも数百億円規模)で
組成することができます。

大手業者がとれるマージンを(かなりざっくりですが)2%とすると、
3000億円組成/販売できれば60億円の
収益がでてやりましょうとなる。

しかし、これが30億円規模だと6000万円の収益となり、
関係する人の給料すら支払えるか微妙になってしまいます。

300億円規模でやって収益が6億円でも、
大手の業者でひとつの案件に関わる人の数を考えれば微妙でしょう。

なので大手の業者はさくっと数千億円投資できるような国を
投資対象とせざるを得ず、2013年現在はまだそういう新興国は

1ケタしかないですし、さらに言うとファンダメンタルズの頑健性は
(そもそもの母集団が少ないので)目をつぶらざるを得ない場合もあります。

しかし、大手のような莫大な固定費がなければどうでしょう。

社員が10人以下の小さな業者であれば、
(最初は)30億円規模でやって6000万円の収益を
あげるのでもとりあえず運営はできそうです。

さくっと数千億円投資ができるような新興国は
10カ国ないと思いますが、それが30億円規模でよいのであれば、
投資対象となる国は現在はもう30-50カ国(か、もっと)はあると思います。

当社では最初の進出国を選定するにあたって
30カ国程度の投資対象になりそうな新興国を
ピックアップして、前出の – その国での投資の収益性

(リスク対比でみて相対的に) – その国自体のマクロ経済の頑健生
(1997年のアジアみたいにぶっ壊れないか?) –
外資規制(ばたばたするスタートアップの時期に変な
規制で悩む暇はない) を見比べてペルーを選びました。

 

「だったら余っている日本のお金を必要とする所へ持っていったらどうか」
と考えました。
どちらの国にとっても絶対良いことになるはずだと自信がありました。
しかし、そんなことをしようものなら
大企業であれば承認や許可をもらうだけで時間がかかりすぎてしまいます。
どうしようか悩んでいたところ、
当時メディアに取り上げられていたグリーの田中社長の思いをウェブサイト上で見て感銘を受け、はじめて「起業」という手段を考えるようになったのです。
そして2012年の年末に退職し、年明けに会社を設立したのです。

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