石倉悠吉(つばめグリル社長)の名物料理やポリシーと経歴や年商は?

8月25日(木)カンブリア宮殿 22:00~

テレビ東京系で放送

ではつばめ社長 石倉悠吉(いしくらゆうきち)さんが出演します。

 

1930年より皆さんから愛されてきた洋食屋の名物料理やポリシー社歴や年商を紹介します。

 

石倉悠吉のプロフィール

石倉悠吉(いしくらゆうきち)

株式会社つばめ代表取締役

73にして現役バリバリの社長さんです。

生年月日:1943年

年齢:73歳

出身:東京都港区

 

つばめグリル名前の由来?

つばめという名前の由来は、“特急つばめ”にちなんでいます。
“特急つばめ”という名の列車が最初に東京駅を出発したのは、
1930年(昭和5年)10月1日のことでした。
当初この列車は新橋にも停車していたのですが、やがて新橋には停車しなくなり、
新橋駅寄りにあった当店は惜しむ地元の人々の声に押され、“つばめ”の名を後世に
残すべく、“つばめグリル”と命名されたようです。
現在はつばめグリルは品川駅前店を基幹店とし、

東京都、神奈川県の商業施設を中心に出店をしております。
多店舗展開をしていく中でも食材、料理へのこだわりを変えずに
創業以来手作りのハンブルグステーキ一筋に85年の歴史を重ねてきました。

 

つばめグリル名物料理

つばめ風ハンブルグステーキ

つばめHPより転載

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ハンブルグステーキにたっぷりの自家製ビーフシチューをかけたたつばめグリルの看板メニューです。

つばめグリルでたくさんのお客様がご注文されるアルミホイルで包まれふっくらと膨らんだつばめ風ハンブルグステーキ。
昭和40年代、魚や肉などを包んで蒸し焼きにするパピヨット料理をヒントに開発され、アルミホイルで包まれたままお客様に提供するという演出が受け、発売後3カ月で一番の人気商品になりました。
当時の主力商品であったビーフシチューとハンブルグステーキを組み合わせて
包み焼にすることで、より旨味が凝縮され絶妙に絡み合い、
新しい形のハンブルグステーキが生み出されました。
今ではつばめ風ハンブルグステーキはなんと全店で1日に6500個売れる大人気商品です。

 

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おいしい商品を提供するためのこだわり

 

≪肉の仕入れは一頭仕入れ≫

当社のハンブルグステーキに使用する肉は牛肉・豚肉ともに一頭丸ごと仕入れ、使用します。
肉の鮮度を守るために当社のセントラルキッチンは重要な役割を果たしています。

≪店舗納品は最小単位で≫
セントラルキッチンにはその日に使用する量だけの肉が納品されます。肉の味や品質を検査し、合格したもののみを受け入れ使用します。
肉は不要なスジや脂を取り除き、8cm角程度の大きさにカット、複数頭の肉をブレンドします。
セントラルキッチンでの加工はここまで。

≪肉の劣化を防ぐた最小限の加工≫
これには理由があります。
それは肉を挽肉にすると鮮度が急速に劣化し、味が落ちてしまうから。挽肉にするのは店舗で行うのが鮮度を保つ上で最もよい条件。
だから、店舗で挽肉にしやすい大きさにカットするのがセントラルキッチンの仕事なのです。

≪肉は鮮度が命≫

また、店舗においては、一日に何度も肉を挽いてパテにします。重要なことは、挽肉は時間が経つにつれて味が落ちてしまう、という事です。
朝挽いた肉をその日の夜まで使用したのでは何の意味もありません。
当社では挽いた肉を出来るだけ早く使いきるため挽いたらすぐにパテにします。

≪調理してすぐにお客様に提供≫
そして保存する間もなく焼いてお客様の許へ。
つばめグリルのハンブルグステーキは挽きたて・合わせたて・焼きたて。鮮度を保つための努力を日々続けています。

 

つばめグリルの会社概要

会社名 株式会社つばめ
設立 1930年10月
代表者 代表取締役 石倉 悠吉
資本金 1000万円
従業員数 1135名(正社員190名、契約社員45名、アルバイト900名)
売上高 52億700万円(2014年1月期実績)
事業内容 ■各種レストランの運営
└ 『つばめグリル』『つばめKITCHEN 』など、関東圏を中心に23店舗を運営【店舗紹介】
『つばめグリル』
創業1930年の老舗の洋食レストラン。新鮮な食材を全て自分達で調理するこだわりは、いつの時代も人々から愛され続けてきました。『つばめKITCHEN』
食材に対するこだわりは、つばめグリルそのままに、より専門的なメニューや空間づくりに挑戦する21世紀型「食」の情報発信地を目指しています。※その他、イタリアンレストランや惣菜店なども展開しています。
どの店舗も「つばめグリル」から継承された、“素材へのこだわり”と“おもてなし”の精神は変わりません。
事業所 ■本社
〒108-0075
東京都港区港南3-2-9

 

石倉   のポリシー

実はね、私が店を継いだ昭和20年のこのお店なんて、つぶれかかっていたんです。

それは以前カバン専門店「銀座タニザワ」の谷澤のおじいちゃんから

「銀座の仲間たちに恥ずかしくない商売をしなさい」

と言われたことがあるからです。

ウソのない商売、自分自身に嘘をつかないという考えが石倉さんは化学調味料を排除することに繋がったとおっしゃっています。仲間に恥ずかしくない商売を重ねて行ったのが銀座だよ」という言葉をみんなで大切にしなきゃいけないなと思っているそうです。

 

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