
スポンサーリンク
【日本初のセクハラ裁判】晴野まゆみさんが闘った歴史的勝訴とその後
2022年1月、NHK「逆転人生」で取り上げられ、2024年8月には日本テレビ「ザ!世界仰天ニュース」でも特集された、日本初のセクシュアルハラスメント裁判。その原告が晴野まゆみさんです。
今から30年以上前、「セクハラ」という言葉すらまだ日本に定着していなかった時代。職場で理不尽な性的嫌がらせを受け、解雇された一人の女性が、誰もが敗訴を予想する中で勇気を持って立ち上がりました。 そして見事、全面勝訴を勝ち取り、日本社会を変える大きな一歩を踏み出したのです。
この記事では、晴野まゆみさんの壮絶な闘いの軌跡と、その後の人生、そして現代にも続くセクハラ問題について詳しくお伝えします。
スポンサーリンク
職場の「常識」が変わる 福岡セクシュアルハラスメント裁判 [ 職場での性的いやがらせと闘う裁判を支援す
晴野まゆみさんのプロフィール
晴野まゆみさんは1957年8月、東京都大田区に生まれました。 その後、1971年に福岡市へ転居し、福岡雙葉高等学校を経て、1980年3月に西南学院大学文学部外国語学科英語専攻を卒業されています。
大学卒業後は、イベントプロモーターの会社などを経て、1986年に福岡市内の出版社(編集プロダクション)へ入社。 大学生向け情報誌などの編集業務に携わっていました。編集者としての能力は高く評価され、社内外から一目置かれる存在だったといいます。
しかし、その優秀さが、後に深刻な事 態を招くことになります。
スポンサーリンク
現在の活動
現在、晴野さんは株式会社チームふらっと代表取締役社長として、九州の道の駅や地域の魅力を発信する情報サイト「ふらっと」を運営されています。フリーライターとしても活躍を続け、地域の宝を取り上げる仕事に情熱を注いでおられます。
また2021年には、西南学院大学女子同窓会から「SEINAN Woman of the Year 2021」を受賞。母校からもその功績が認められています。
職場で始まった悪夢:セクハラ被害の実態
上司からの執拗な嫌がらせ
スポンサーリンク
1986年、晴野さんが入社した出版社で、当時37歳の男性編集長から深刻な性的嫌がらせが始まりました。
編集長は、晴野さんについて根も葉もない異性関係の噂話を社内外に流布。「ふしだらな女だ」「水商売の方が向いている」などと中傷を繰り返しました。さらには、晴野さんの異性関係が原因で会社が取引先を失ったとまで言いふらし、退職を迫るようになったのです。
当初、晴野さんはこうした噂を無視していれば自然と消えるだろうと考えていました。しかし、反応しないことで、逆に編集長による中傷はエスカレートしていきました。
給与格差と不公平な扱い
さらに深刻だったのは、労働環境の不公平さでした。晴野さんの上司だった編集長は頻繁に遅刻し、定時になるとすぐに帰宅していました。その結果、晴野さんが彼の仕事を肩代わりすることが多くなりました。
ところが、晴野さんの給与は編集長の3分の1に過ぎませんでした。晴野さんが上層部にこの不公平を申し出た結果、給与が少し上がったのですが、それがまた新たな噂を生み、さらに評価を下げられる結果となってしまったのです。
会社からの裏切り
耐えかねた晴野さんは、会社のトップに救済を求めました。しかし、セクハラ問題は軽視され、最終的には1988年、即日解雇されてしまいます。
解雇される時に会社のトップから「男を立てることを覚えろ」と言われたことが、今でも忘れられないと晴野さんは後に語っています。
彼女の仕事ぶりは評価されながらも、性差別に基づく不公平な扱いが問題視されることはありませんでした。これが、当時の日本社会の現実だったのです。
裁判へ至る道のり:決意の瞬間
預金残高2000円の絶望
解雇後、晴野さんは経済的にも精神的にも追い詰められました。預金残高がわずか2000円になるまで困窮し、生活を維持するため、かつての仕事関係者に頼み込んで、フリーライターとして何とか生計を立てることを余儀なくされました。
一人の弁護士との出会い
退職から半年後、31歳になった晴野さんは、「なぜ自分が辞めさせられたのか」という疑問に納得できず、法的手段に訴える決意を固めました。
費用を抑えるため、当初は民事調停を申し出て、簡易裁判所で編集長と直接話し合い、謝罪を得るつもりでした。
しかし、ここで運命的な出会いが訪れます。相談した弁護士が、この問題の本質を見抜いたのです。弁護士は晴野さんに、「これは単なる名誉毀損ではない。女性差別によるセクシュアルハラスメントだ」と説明しました。
この言葉が、晴野さんの人生を大きく変えることになります。
歴史的な提訴:1989年8月5日
1989年8月5日、晴野さんは元職場の上司と解雇した会社を相手取った民事訴訟を福岡地方裁判所に提起しました。日本初のセクシュアルハラスメント裁判の始まりです。
当時、日本には「セクハラ」という概念すらまだ一般的ではありませんでした。多くの人が、この裁判の勝算を疑い、晴野さんの行動を批判しました。
裁判の苦難:支援と孤独の狭間で
全国から集まった支援
この裁判には全国から多くの女性が「裁判を支援する会」に入会し、女性弁護士20名が原告代理人となって世論を巻き起こしました。
当時としては画期的な規模の支援体制が整いました。多くの女性たちが、晴野さんの闘いを自分自身の問題として受け止め、力を貸してくれたのです。
「原告A子」としての孤独
裁判は原告匿名で行われ、第1回口頭弁論ではプライバシー保護のため、当事者の名前を読み上げないなど異例の措置が取られました。晴野さんは「原告A子」として裁判に臨むことになりました。
晴野さんは後にこう語っています。 「匿名の『原告A子』となって、全国の女性に自分自身の問題と意識してもらえたが、個人的な感情を表に出せなくなった」
支援者や弁護団との間には、次第に「溝」が生まれていったといいます。彼らは裁判の勝利と社会への影響を重視し、晴野さん個人の感情や苦しみを抑えることを求めました。
平手打ち事件:追い詰められた心
法廷で被告側証人がふてぶてしい態度で嘘の証言をするのを聞き、晴野さんは感情を押さえきれなくなりました。
その直後、その証人と廊下ですれ違ったとき、思わず彼に平手打ちをしてしまったのです。
エキセントリックな行為が裁判にとって良くないことは、晴野さん自身も承知していました。しかし、そのとき、彼女はそこまで追い詰められていたのです。
「何てことしたの?」 「せっかく、ここまできたのに」 「この裁判は、あなた一人の裁判じゃないのよ」
弁護人と支援者から、晴野さんは厳しく非難されました。
社会運動としての裁判と、一人の人間としての感情。その狭間で、晴野さんは深い孤独を感じていました。
歴史的勝訴:1992年4月16日の判決
画期的な判決内容
1989年8月の提訴から2年8カ月後の1992年4月16日。福岡地方裁判所は、歴史的な判決を言い渡しました。
裁判所は、元上司の中傷を認め、「働く女性の評価を低下させる不法行為」と違法性を認定。
「会社も使用者責任を負う」として、被告である元上司と会社に対し、連帯して150万円(うち15万円は弁護士費用)の慰謝料の支払いを命じました。
この判決は、民法第715条に基づく使用者責任を認めたもので、加害者個人だけでなく、企業にもセクハラ防止の責任があることを明確にした点で、極めて重要な意味を持ちました。
被告側の控訴断念
被告側は控訴を断念。晴野さんの全面勝訴が確定しました。
セクハラに耐えた2年半、提訴までの1年余り、そして2年8カ月の係争。晴野さんの6年半にわたる歳月の闘いが、ついに実を結んだのです。
判決が社会に与えた影響
この判決は、1997年6月の男女雇用機会均等法改正への道を開き、今日のセクハラ防止ガイドラインが生まれる起爆剤にもなりました。
それまで個人の問題、あるいは「女性が我慢すべきもの」として軽視されてきたセクシュアルハラスメントが、初めて法的に「違法行為」として認定されたのです。
この判決以降、日本の職場環境は少しずつ変わり始めました。セクハラという言葉が社会に定着し、企業にも防止策を講じる義務が課されるようになったのです。
勝訴後の人生:実名公表と新たな歩み
匿名からの解放:1996年3月
勝訴判決から4年後の1996年3月、晴野さんは実名を公表しました。「原告A子」という記号ではなく、一人の人間として、自分の物語を語り始めたのです。
著書の出版:『さらば、原告A子』
2001年8月、晴野さんは裁判の経過を著した単行本『さらば、原告A子:福岡セクシュアル・ハラスメント裁判手記』を海鳥社から出版しました。
この本には、裁判の経緯だけでなく、支援者との葛藤、孤独な闘い、そして勝訴後の複雑な心境が率直に綴られています。
フリーライターとして、そして起業家として
裁判後、晴野さんはフリーライターとして活動を続けながら、2011年には「ふらっと」を創刊。2012年には株式会社チームふらっと代表取締役社長に就任しました。
九州の道の駅や地域の魅力を発信する仕事に情熱を注ぎ、2014年には五島の椿でジャムを作るプロジェクトにも挑戦。地域振興にも貢献されています。
現代のセクハラ問題:30年経った今も
法整備は進んだが…
晴野さんの裁判から30年以上が経過し、法律は整備されました。
1997年の男女雇用機会均等法改正で、事業主にセクシュアルハラスメント防止の配慮義務が定められ、1999年には「セクシュアル・ハラスメント防止ガイドライン」が労働基準法に盛り込まれました。
2020年6月には、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行され、企業にはより厳格なハラスメント防止措置が義務付けられています。
今も続くセクハラ被害
しかし、法整備が進んだ今でも、セクハラ問題は後を絶ちません。
2024年にも、企業や教育機関、公的機関でのセクハラ事案が相次いで報道されています。
懲戒処分を受ける加害者は増えていますが、被害者が泣き寝入りするケースも依然として多いのが実情です。
最新の裁判例を見ると、セクハラの認定基準も時代とともに変化しています。
言葉によるセクハラ、SNSでの不適切な発言、さらには「業務指導」を装ったパワハラとセクハラの複合的なケースなど、問題は複雑化しています。
企業に求められる対応
現代の裁判例では、企業の防止体制がより厳しく問われるようになっています。
相談窓口を設けただけでは不十分で、実際に機能する体制、迅速な調査、適切な処分、再発防止策まで、一連の対応が求められています。
また、被害者のプライバシー保護、通報者の不利益取扱いの禁止なども、法的義務として明確化されています。
晴野さんが語る「30年を振り返って」
2022年10月、晴野さんは大阪で講演会を行い、裁判のこと、当時と今とで何が変わり、何がまだ変わらないのか、30年を振り返って思いのたけを語られました。
晴野さんは、法律は変わったが、社会の意識はまだ十分に変わっていないと指摘しています。
「男を立てることを覚えろ」と言われた時代から30年以上が経ちましたが、職場での性差別や不平等は、形を変えて今も存在しているのです。
それでも、晴野さんは希望を語ります。「声をあげる女性は間違っていない。そう伝えたい」と。
メディアでの再注目:2022年と2024年
NHK「逆転人生」での特集
2022年1月24日、NHK「逆転人生」で「日本初のセクハラ裁判が教えてくれる15のコト」として、晴野さんの裁判が特集されました。
番組では、当時の裁判長が判決の舞台裏を独白し、歴史を変えた逆転劇の全容が明らかになりました。
日本テレビ「ザ!世界仰天ニュース」
2024年8月27日には、日本テレビ「ザ!世界仰天ニュース」でも「一人の女性が日本を変えた。絶望から大逆転!初のセクハラ裁判の真実」として取り上げられました。
世間のバッシングや中傷、数々の苦難を乗り越えて日本の歴史を変えた晴野さんの闘いの日々が再現され、多くの視聴者に感動を与えました。
福岡セクハラ裁判が教えてくれること
環境型と対価型の境界
この裁判は一般に「環境型セクハラ」と解されていますが、使用者側の思うようにならないために職を失ったことから「対価型セクハラ」だとする意見もあります。
実際には、性的な嫌がらせによって職場環境が悪化し、最終的に解雇という不利益を受けたという点で、両方の要素を含んでいたと言えるでしょう。
一人の勇気が社会を変える
晴野まゆみさんの裁判は、一人の女性が社会の常識に立ち向かい、それを変えることができることを証明しました。
誰もが敗訴を予想し、多くの人が批判する中で、晴野さんは自分の尊厳のために闘い続けました。その勇気が、後に続く多くの女性たちに希望を与えたのです。
完璧な被害者である必要はない
裁判中に証人を平手打ちしてしまった晴野さん。この行動は、支援者たちから厳しく非難されました。しかし、それでも裁判に勝つことができました。
被害者は完璧である必要はありません。感情を爆発させることもあるでしょう。それでも、正当な権利を主張することはできるのです。
まとめ:晴野まゆみさんから私たちへのメッセージ
日本初のセクハラ裁判を闘った晴野まゆみさん。その闘いは、30年以上経った今も、多くの人々に勇気と希望を与え続けています。
「セクハラ」という言葉すらなかった時代に、たった一人で立ち上がった女性。
6年半にわたる苦難の末に勝ち取った勝訴は、日本の法律を変え、社会を変える大きな一歩となりました。
しかし、晴野さん自身が語るように、法律は変わっても、社会の意識はまだ十分に変わっていません。職場でのハラスメントは今も続いており、多くの人が苦しんでいます。
晴野さんのメッセージは明確です。「声をあげる女性は間違っていない」。
もし今、職場で理不尽な扱いを受けている人がいたら、あなたは一人ではありません。晴野さんの闘いは、声をあげることの大切さ、そしてそれが社会を変える力になることを教えてくれています。
現在も株式会社チームふらっとの代表として、地域の魅力を発信し続ける晴野まゆみさん。その活動は、逆境を乗り越えて新たな人生を切り開いた、もう一つの「逆転人生」と言えるでしょう。
関連情報
- 株式会社チームふらっと:九州の道の駅と旅の情報サイト「ふらっと」運営
- 著書:『さらば、原告A子:福岡セクシュアル・ハラスメント裁判手記』(海鳥社、2001年)
相談窓口 職場でのハラスメントでお困りの方は、以下の窓口にご相談ください。
- 厚生労働省「あかるい職場応援団」
- 各都道府県労働局雇用環境・均等部(室)
- 法テラス(日本司法支援センター)

