箱根駅伝で慶応大学が出ないわけ?10年計画プロジェクトが始動


1920年に開催された第1回箱根駅伝に
明治、早稲田、東京高等師範(現・筑波)と
共に出場した「オリジナル4」の1校である。

皆さんは慶応義塾がなぜ箱根駅伝に出ないという
疑問をお持ちかもしれません。

答えはシンプル出ないのではなく出ることが出来ない。

もちろん今の慶應義塾大学の実力ではシード校10位
に入ることはおろか、予選会の10位にすら入る事はできません。

しかし94年の70回記念大会を最後に、本戦には出場していない。
24年間本戦に出場していないのです。

慶應義塾大学の競走部が創部100周年を迎える今年、
古豪が本気で乗り出した。

プロジェクトの内容は“慶應箱根駅伝プロジェクト”

慶応大学は今の箱根駅伝は視聴率競争、
大学の売名など商業化がヒートアップし、
話題性が先行してしまっている。
と考えています。

我々は“学生スポーツの原点”としての駅伝に取り組みたい。
それが慶應義塾のやり方です」

要するに慶応大学のCMのために、駅伝を利用する
ことは考えていないのです。

 

慶應義塾大学の箱根駅伝プロジェクト概要

プロジェクトメンバーは8人。リーダーの
同校大学院政策・メディア研究科教授、蟹江憲史が就任

日本体育大学OBの保科光作を
競走部・長距離専任コーチに招聘。

保科光作は日体大時代は箱根駅伝に4年連続出場、
日清食品グループではニューイヤー駅伝優勝など、
選手・指導者として実績もあり、
両チームで主将を担った人物。

箱根駅伝を知り尽くした人物。

慶應義塾大学が何も箱根駅伝に無関心であった
わけではないのです。
他の学校に比べ高校長距離の有名選手を

セレクトしないのでやはり相対的に
勝てない。また偏差値が私大でも最難関
なので、勉強と陸上の両立した一般高校から

入学するのが非常に困難なのです。

駅伝強化は過去にも何回も提案されたが、
資金面や強化策など課題も多く、その都度立ち消えになって来た。
事態が動いたのは2年前、蟹江憲史教授が東工大から復帰し、
同時に大学側からも声があがった。

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保科光作コーチによると

「箱根を乗り切る10人の強い
ランナーを擁するためには、20人、
少なくとも14~5人の選手が必要。

それそれが切磋琢磨して正選手の地位を勝ち
取るようにならなければ、勝てるチームは出来ない」

慶應義塾大学競走部OBの情報網をを活用して、
リクルーティングを強化していく予定。

全国に散らばるOBに声掛けして、各地や母校の
中高生情報をいち早くキャッチし、該当校の指導者らと
早い時期からのパイプ作りを目指す。

すでに、どんどん情報が寄せられているという。
また、高校生に向けた競走部のパンフレットを作成し、
理解を求める事も進めている。

しかし、“文武両立”を貫く同校は「今回のプロジェクトでも、
他校が行っているようなアスリート推薦制度などは設けない。
あくまでも従来の入試制度の中での受験を
学生たちにもお願いするしかない」

いくら優秀な陸上選手でも慶應義塾を受けるために
他の受験生と同じように受験勉強が必要です。
これはハードルが高いです。

慶應義塾大学競走部競走部川合伸太郎監督によると
10年後を目指して考えているようです。

大学側には長い目で見てやって欲しい。
新体制下での新入生が入ってくるのは2018年の4月からで、
その彼らが4年生になる5年後から、

7年後の100回大会を含めた10年後くらいが、
本戦出場の目標になる」

 

蟹江憲史リーダーは

同校が最後に箱根駅伝に出場した’94年の70回記念大会。
当時蟹江は4年生で、選手として箱根路を目指していたが叶わず、
4、8区のサポートに回った。

「自分で走れない悔しさと、チームで出場する喜びや一体感を、
両方同時に味わいました。
あの箱根は、自分の人生の宝。

そして、ひょっとしたらその貴重な体験が、
今回のプロジェクトの芽にもなったのかもしれない」

 

今後慶應義塾大学らしいポリシーで
箱根駅伝を目指し強化プロジェクトを
図っていくようです。

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