テレビ朝日系列 12:00~
5月16日(火)徹子の部屋十朱幸代さんがゲストです。
ご存知十朱幸雄の父は名優十朱久雄さん。
丸出だめ夫(1966年 – 1967年、NTV) – 丸出はげ照
快獣ブースカ(NTV / 東宝 / 円谷プロ)
こういう子供向けのテレビドラマにも出演して3枚めの線でも活躍されていました。
そんな父をみて育った十朱幸代は10代で早くもデビュー
- 1958年:NHK『バス通り裏』に出演
- 1959年:映画『惜春鳥』で映画デビュー
十朱幸代が最初に憧れた先輩は中村メイコさんです。
疎開先(少し古い話ですが)の奈良で近所だったのです。
当時すでに子役スターだった中村メイコはぬいぐるみに囲まれ暮らしていたのです。
その生活に憧れたのです。
十朱幸代には晩年半身付随や死亡説が流れています。そのあたりどうなのでしょう?
十朱幸代の現在
母の遺品の整理もやっとかたがついて、今度は自分の遺品整理の準備をしているそうです。
どうですか?上の写真が74歳直近の十朱幸代さんです。
どうみても60台の若さです。
十朱幸代には整形のウワサが絶えません。
これだけ見た目(顔)が若ければいわれてももっともかもしれません。
スポンサーリンク
十朱幸代の母
十朱久雄亡き後、娘の十朱幸代のお世話や芸能活動の手伝いをしていました。
プライベートでは、カラオケや旅行を楽しんでいたおかあさんです。
亡くなった後に大量の旅行写真やカセットテープがでてきて、十朱幸代がそれを片付けるのに、
数年間の歳月を要したのです。
お母さんも人生を目一杯楽しまれたのですね。
十朱幸代のプロフィール
十朱幸代の半身不随や死亡説の原因は
くるぶしに腰の骨を移植するという大手術をし、長期の入院やリハビリ期間が必要でした。
十朱幸代は、長年くるぶしの病気を抱え、痛みを感じていたそうです。とうとう、くるぶしの関節が変形してきたため、腰の骨を移植するという手術を受けることになったのが2010年のことです。
11時間におよぶ大手術で、十朱幸代自身は手術前には「もう舞台には立てないかもしれないな」と覚悟していたそう。
実際、手術後は歩くこともできず、入院生活は5カ月の長期にわたりました。
続く車椅子生活も半年に及んだそうですが、その後、十朱幸代は、1年間リハビリに励み、現在は普通に歩けるようになっています。
長時間でなければ、ヒールを履いて歩くことも可能とのこと。
この間2年ほどの歳月恐らく十朱幸代はテレビなどに出演できません。
従って車椅子に載っている間に半身不随説が流れました。
入院リハビリ中に死亡説が流れたのです。
一般視聴者はそんなもの。しばらくテレビで見かけなくなれば、死亡説が流れるしね。
芸能人もうかうかできません。
スポンサーリンク