伊藤久光(チームひまわり)の現在と津波で犠牲の桔梗幸博との約束!復興の力に


10月8日(土)

ABC系列 人生の楽園では 稲作農家をしながら

休耕田でソバを栽培する伊藤久光さん(60歳)が主人公です。

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伊藤久光さんの生活は東日本大震災で津波被害で大きく変わりました。

 

宮城県東南の沿岸部に位置し、農業が盛んな亘理郡山元町が舞台となっています。

 

山元町で生まれ育った久光さんは農家を継ぎ、30歳で同郷の美幸さんと結婚。

4人の子供を育てます。幸せな結婚生活を送っていました。

 

久光さんは2008年、減反政策の一環で休耕田を使い、

ヒマワリなどの緑肥を地域の仲間と植え、彼らと「チームひまわり」を結成。

 

ソバを町の特産にまで広げたいと考えたのです。

 

この活動に参加していた一人が久光さんと農業の未来を語り合う親友、

桔梗幸博さんでした。

 

桔梗さんは、広大な畑でブドウを育てワイナリーを営む農家仲間でした。

 

しかし2011年3月、ブドウ畑は津波に襲われ、桔梗さんも犠牲になってしまいます。

 

久光さんは親友のためにと、2年後の夏、ブドウ畑のあった土地に、

綺麗な白い花を咲かせるソバの種をまきました。

 

それから久光さんは「チームひまわり」の仲間とともに、

復興の力になればと様々な場所でソバを育てるようになりました。
大切な友人のため、町のため、綺麗な白いソバ花を咲かせ続ける久光さんと、

それを支える家族や周りのみなさんの暮らしぶりを紹介します。

 

チームひまわりの活動

みやぎ生協とJAみやぎ亘理などは2014年8月11日、

東日本大震災の津波で大きな被害を受けた山元町山寺地区の農地で、

地域復興への願いを込め、ソバの種まき会を開きました。

 

被災地の亘理町と山元町でソバ栽培に取り組む農家を応援する

「わたりのそばプロジェクト」の一環。昨年夏、

復旧の遅れで水稲栽培が再開できなかったり、

ソバの産地化を目指す両町の農家30人が約50ヘクタールにソバを植えた。

 

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収穫されたソバの実は、「復興亘理そば」の名称で商品化され、

みやぎ生協の店舗などで販売され、好評だった。

 

今年は両町で約47ヘクタールの作付けを予定。この日、

種まき会が行われた山元町の畑は、震災前にワイン製造工場とブドウ畑があった跡。

工場と畑は津波で甚大な被害を受け、経営者が犠牲となった。

 

経営者と高校時代の同級生だった農業法人「チームひまわり」

代表の伊藤久光さん(57当時)が、跡地約2ヘクタールを借り受け、

昨年からソバを栽培している。

 

畑では、みやぎ生協の組合員など約20人が、伊藤さんらの指導を受けながら、

種をまいていった。約2カ月後の10月中旬に収穫できる見通しという。

 

この日は震災の月命日で、同町の主婦、志賀さゆりさん(43当時)は

「犠牲者の冥福を祈り、町の復興を願いながら種をまきました」と話した。

 

同町は県内有数のイチゴの産地として知られる。伊藤さんは

「ソバの生産農家は少しずつ増えている。イチゴと並ぶ特産品に育てていきたい」と語った。

 

桔梗ブドウ園のこと

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ご主人と義母のよし子さんを今回の震災で亡くした理恵さんは、

「2人の無念を思うと涙が止まらないが、生かされた命を大切にし、

精一杯生きてゆきたい」と言葉を詰まらせながら祭壇に向かって呼びかけました。

 

当日、同じく合同慰霊祭を行った亘理町から山元町にかけての津波が

襲った耕作地では、土壌の除塩作業に協力しあう人の姿を多く目にしました。

 

汚れちまった悲しみに覆い尽くされた被災地にも、

かつての日常を取り戻そうという人々の努力によって、少しずつ変化が生まれています。

 

桔梗長兵衛商店に納入するブドウを育てていた契約畑には新たな苗が植えられていた

 

その日、被災後初めて訪れた桔梗長兵衛商店は、記憶の中にあるかつての姿と

重ね合わせるのが不可能なほど様相が変わっていました。

 

うず高く積まれた瓦礫置き場の向かいにある桔梗さんのお住まいは

基礎部分が残るだけで、醸造施設だけがかろうじて姿を残すのみ。

 

花好きだったよし子さんのスケッチブック・充填機・ビンなどが砂に混じって

散乱する内部は、あの日から時間が止まったかのよう。

 

宮城県内唯一の歴史あるワイナリーを襲った過酷な現実を目のあたりにし、

改めて胸が締め付けられます。犠牲となったお2人のご冥福を祈って手を合わせました。

 

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 道路を挟んだ海側に目を転じると、自衛隊が整地し、持ち主が土壌の除塩を行ったのでしょう、まばらに植えられたブドウの若木が育つ一角がありました。

 

枝の剪定や蔓の誘引など、きちんと手入れがされています。自宅の片付け作業中だった畑の持ち主に声を掛けて話を伺うことができました。ワインと並ぶ桔梗長

兵衛商店の看板商品だった葡萄液に加工する北米原産のブドウ「コンコード」を代々栽培してきたというご主人。被災した現在は仮設住宅に入居しながら、ブドウの世話をしているのだそう。

 

宮城では唯一、栽培が綿々と行われてきたこの地域ならではのブドウに対する愛着を感じさせてくれました。

 

そして桔梗さんのことに話が及ぶと、思いもかけない言葉を私は耳にしたのです。

 

「桔梗さんが育てていたブドウが何本か残っているよ」

先ほどまでいた醸造所から見た桔梗さんの畑もまた、津波によって根こそぎにされていました。

 

そこは、もはや雑草が繁茂する荒地としか目に映りません。

予想だにしない言葉に促され、足を踏み入れたかつての畑は、雑草の根元が津波が運んだ塩分を含む海砂で覆われています。砂浜に生える草のような雑草は、膝まで埋まるほどの丈に伸びていました。

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残念ながら桔梗ブドウ園は廃業されました。

亡くなった桔梗幸博さんのぶどう園・醸造所の跡を借り受けいまでは、

「チームひまわり」代表の伊藤久光さんがソバを栽培しています。

 

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 この記事へのコメント

  1. 基 伊津子 より:

    今日は初めまして。
    私は、基 伊津子と申します
    先日テレビで「そば」の事を被災の事などを拝見致しました。
    久光さんの、思いに共感致しました。
    一度お会いしてもっとお話をしたいと思います、お時間頂けますか?

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