6月6日のプロフェッショナル仕事の流儀
NHK総合
2016年6月6日(月) 放送予定
夜7:30~ 73分拡大版では
巨大港スペシャル 日本の経済を支えるプロたち
~密着!名古屋港~ を放送します。
とね商店 刀禰昭子さん(72歳)の特集です
日本ではなんと輸出入される貨物の99.7%は「港」を経由するといいます。
その中で、「名古屋港」は年6兆円もの黒字を出す日本一の貿易港です。
自動車産業をはじめ製造業が盛んな愛知県の4市1村にまたがり、
取扱貨物量は年2億トン、3万5千人以上が働く。
愛知県にはトヨタがあります。その関連会社を含めても優良会社が数多くあります。
その名古屋港の中で、【船食業】という耳慣れない職業が存在します。
船食業とは簡単にいえば、停泊している船舶に、航海中の食料や雑貨などを積み込む(販売)仕事です。船舶食料品商略して「船食」です。
名古屋港でこの船食を仕事を営んでいる、とね商店の刀禰昭子さん(72歳)を特集します。
50年間船食業(家業としては91年)を続けている刀禰昭子さんが、船員さんに愛されて仕事を続けてきた理由は何なんでしょうか?
番組でそのプロフェッショナル仕事の流儀が解明されます。
刀禰商店の仕事
ダンボールで食料品を運ぶ。生野菜や卵・果物など船員30人分の食料 しめて18万円の売り上げ
こんな仕事です。ココで疑問です。
おそらく日本で買わずに途中の中国等で仕入れれば安くつくのにと思う人もいるでしょう。
しかし、新鮮で品質が良いのが日本なのです。だから敢えて日本で仕入れるそうです。
其の中でも敢えてなぜ刀禰商店という問いには、船員さんに気に入られている、刀禰昭子の存在が不可欠です。
刀禰さんは英語が堪能でもなく単語を並べただけの文法もむちゃくちゃの英語を使います。
ではなぜたくさんの船舶から注文があるかと言えば、コミュニケーション気軽に愛想よく喋る物腰に人気があります。
食品が新鮮で品質が良ければ言うことはない、少々高くても刀禰商店で買う船舶が多いのでしょう。
1973年ころには市場で仕入れた2トントラック2台分の
野菜を1日で売り切ったこともあります。
■中古自転車を販売したことも
名古屋市などから1台約300円で買い取り中国やフィリピンの船に売ったことも。
船員たちは航海中に暇をみつけて、自転車をピカピカにみがきあげ、
母国に戻るとその自転車を売ってこずかいを稼ぐ。
自転車を売り始めたのは1993年ころより店の業績が急激に悪くなったころからです。
船賃の安いアジアの海運会社が台頭し、海の世界も過当競争になっています。
とね商店の従業員数もバブルのころに比べればかなり減少しているとのこと。
船食の同業者も減少しています。
またとね商店の近くには同じく船舶用の商売、飲料水の補給専門の商店や
船員の荷物の通関の代行をする会社
船具専門の商店などの店が軒を連ねています。
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刀禰昭子の長男
刀禰勝之
昭和45年8月27日名古屋市港区入船の船舶食糧品とね商店の長男として生まれる。
西築地小、愛知教育大学附属名古屋中学、滝高校を卒業。
平成6年、早稲田大学政治経済学部卒業後三菱信託銀行に入行しました。
両親ともに働くとね家には、2つの教えがあります。
① 人さまに迷惑をかけない
② 勝之よ、大志を抱け
父は、「家業に縛られなくていい。おまえは自分の道を行け」と常々言ってくれていました。商売をしている両親の影響もあり、小さいころから世話好きで、学級委員や生徒会長を率先してやる子どもでした。
■早稲田から銀行員へ、そして民主党結党に参加。
三菱信託銀行に入行。不良債権に、税金が投入される現場に直面し、政官業の癒着を実感。自民党一党支配を打破しなければ、日本の未来はないと確信し、民主党結党に参加。
■政治への夢を諦められず議員秘書に
平成8年、大蔵省を退官し、国政に挑戦した古川元久さんのはじめての選挙を手伝い、その後、古川元久代議士の秘書に。
平成11年、はじめて挑戦した愛知県議会議員選挙で惜敗した後、平成15年、2度目の立候補で当選。平成19年に2期目当選を果たし、2期8年県議を務めました。
その後、平成24年・26年の衆議院議員選挙に愛知4区(熱田、南、瑞穂、港)から立候補し落選。
両親に大志を抱けと言われ、長男の勝之氏は政治家になったのですね。
現在民主党第4区装置部長をつとめています。
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