服部匡志(ただし)フリーランス眼科医の経歴や著書!ベトナムとの関係?


服部匡志先生とは

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5月19日(木) 22:00~ カンブリア宮殿では

眼科医服部匡志先生が出演されます。

眼科医服部匡志さん

医師を目指したきっかけは父を胃がんで亡くしたことがきっかけだといいます。

その時に受けた医師の言葉が心無い言葉だったといっておられます。

4年間の浪人生活を経て医師になった服部匡士先生は最初に目指していたのは、消化器外科でした。眼科を志すようになったのは、医局説明会で心の師となる眼科の教授との出会いからでした。

友人から眼科の説明会は焼肉を食べさせてもらえると聞き、教授の顔もわからないまま食事に参加したそうです。

教授と話してるうち教授の人間性にひかれ眼科医になることを決意したそうです。

月の半分を日本で稼ぎ、半分はベトナムに渡って貧しい人々を無償で治療している。

「一人でも多くの人の目に再び光を感じさせてあげたい」。その一心で14 年に渡って救ってきた人は、日本とベトナム合わせて3万5千人を超えた。現代の「リアル・赤ひげ先生」、その感動の奮闘記をお送りします。

 

服部匡志経歴

氏名:服部匡志(はっとりただし)

生年:1964年

最終学歴:1993年 京都府立医科大学医学部卒業

職歴:

1993年 京都府立医科大学レジデント

1994年 多根記念眼科病院勤務(大阪)

1997年 愛生会山科病院勤務(京都)

1998年 聖マリア病院勤務(福岡),海谷眼科(静岡)

2002年 ハノイ国立眼科研究所、網膜硝子体手術指導医として赴任

2004年 ハノイ国立眼科研究所客員教授

 

服部匡志著書

はっちゃんベトナムに行く

 

 

人間は人を助けるようにできている

 

 

老ける老けないは目できまる

 

 

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服部匡志を医者にさせた出来事

16歳の時の決定的な出来事。

死の床に伏している父親を屈辱したある医師の一言、この一言のため彼は医師を目指した。父の見舞いに行ってナースステーションを通りかかった時に医師と看護師が話していたのを偶然

聞いてしまいます。「82号室(父の病室)のクランケは文句ばかりいって本当にうるさいやつだ。どうせもうすぐ死ぬのに」

服部匡志さんはわが耳を疑ったそうです。

それまでは、医師は病気を治して命をつなぎとめる神様のような存在だと思っていました。しかしその医師が父をさげすんだのです。

確かにその医師にとっては多くの患者の一人にすぎない父ではあった。だが服部匡志さんにとってはかけがえのない父であったのです。

その父がこともあろうに、命をゆだねた医師からの屈辱の言葉。

服部匡志さんは、こんな医師がいるようでは決して世の中はよくならないと感じたそうです。だったら僕がいい医者になってやる。病気で苦しんでいる、人に報いたいと心底そう思いました。

 

父が残したもの

父は遺書を残していました。死の直前に朦朧とした意識の中で、突然ベッドから起き上がり鉛筆で書き遺したものであったという。

その手紙にはわずかに4つの言葉が。

「お母ちゃんを大切にしろ。人に負けるな。努力しろ。人のために生きろ。」

父親は服部匡志さんには一度も勉強しろとは言わなかったそうです。いつも説いていたのは人の役に立つ生き方。

今でも直筆の手紙を持っているそうです。

服部先生をベトナムに向かわせ他のはやはり父の人の役に立ちなさいという教えです。

 

服部匡志医師とベトナムとの関係

1993に京都府立医大医学部を卒業後、大阪・京都・熊本・福岡・静岡など日本各地の病院で、その経験と眼科医として研鑚を積み、網膜硝子体手術分野では日本のトップレベルの技術を

もつといわれる服部先生、ベトナムと関わることになったのは、2001年10月に母校京都府立医大で開催された「臨床眼科学会」でのあるベトナム人医師との出会いにあります。

そのころ眼科医として高い評価を受けていた服部匡志医師に「ベトナムでは多くの患者が治療を受けられずに失明しています。どうかあなたの技術で救ってほしい」と頼んだそうです。

服部匡志さんは「長い人生そんなことがあってもいいか」と軽い気持ちで勤務していた病院をやめ、当初3か月のボランティアの予定で単身ベトナムに渡ったそうです。

当初のベトナムの状況は決して順調ではなかったようです。現地の医療環境は想像以上にひどく医療器材も不足、日本で助けられる患者もベトナムでは助けることが出来ません。

更に当初は個人的活動とみなされ、公的な支援が受けられなく、自らの貯金500万円をつぎ込み眼内内視鏡やレーザーなどの最新医療器を日本からベトナムに持ち込み本格的な眼科医療を開始しました。

ココカラ日本でアルバイトフリー医師で稼いだサラリーでベトナムでボランティア医師を続けるという服部匡志医師の2重生活が始まりました。

 

まとめ

このように父の遺言を守り人の役に立つ立派な医師になられた服部先生にはベトナムや日本からいろんな表彰を受けています。

2003年 キワニス会から社会公益賞を受賞

2005年 故町村外務大臣より感謝状をうける

2006年 宮沢賢治の「イーハトーブ賞」受賞

2007年 ベトナム保健省より「人民保健紀念章」の受勲

いろんな受勲をしています。

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