小宮一哲(つけめんTETSU)の経歴や会社売却は?成功の秘訣は?


12月24日 ザ・ノンフィクション フジテレビ系列
13:30~

では元YUNARI代表取締役の小宮一哲が出演します。

つけ麺専門店「つけめんTETSU」を開業し、
都内を中心に約30店舗を展開。年商20億円のチェーンに
育て上げた小宮一哲さん。

資本金300万円のスタートから、わずか8年後には15億円で全株式を売却し、
ラーメン業界では「企業価値を500倍にした男」として知られています。

創業当時は缶コーヒー1本買うのもためらうほどの苦境の中、
1年間がむしゃらに働くことで、売上は右肩上がりで躍進したという。
ラーメンドリームをつかんだ男

ただ小宮一哲によれば努力するだけではだめ。

 

小宮一哲会社”YUNARI”売却の件

 

2014年3月19日クリエイト・レストランツ・ホールディングスは、
「つけめん TETSU」、「江戸前煮干中華そば きみはん」ブランドなど
飲食店舗を展開するYUNARIの全株式を取得すると発表した。

株式取得額は、15億600万円。

 

YUNARIは、創業者である小宮一哲氏の下、
創業以来つけめんの専門店につき独自の研究を重ね、
現在のつけめん時代ブームの火つけ役とも言える
「つけめん TETSU」のほか、「つけめん102」、

「江戸前煮干中華そば きみはん」、「濃厚博多豚骨 たかくら」など、
首都圏・関東エリアを中心に21店を展開中です。

YUNARIのもつブランド力に、グループの店舗経営に
係わる総合力を組み合わせることで、
今後、同社の更なる発展を達成がみこまれる。

2012年12月期のYUNARIの売上高は13億7200万円、
営業利益1億400万円、経常利益1億300万円、
当期利益5900万円だった。

2012年の当期利益が6000万円弱なので、
15億の買収額は単純計算だと25年分の利益
です。通常はこの価格での買収は無いが、YUNARIの

 

クリエーティブレストランの買収はブランドの
将来性を見込んだものだったのですね。

 

小宮一哲の経歴

1976年東京都生まれ。ニッポン元気モリモリ株式会社代表取締役。
高校をわずか3日で中退し、オーストラリアでの
ワーキングホリデーを経て大検を取得し、大学に進学。

大学卒業後は大手衣料品会社、大手警備会社などで経験を積み、
27歳で『つけめんTETSU』を創業。一躍行列店となり、
都内を中心に約30店舗を展開するまでに成長。

2014年、創業した株式会社YUNARIの全株式を
クリエイト・レストランツ・ホールディングスに15億円で売却。
2016年、「少子化を改善し日本を元気に!」
というコンセプトでニッポン元気モリモリ株式会社を立ち上げる。

著書に『1年間がむしゃらに働くだけで人生は180度変わる』
(クロスメディア・パブリッシング)。

 

小宮一哲成功の秘訣

「1年間がむしゃらに働くだけで人生は180度変わる」と
いうのが彼の持論ですが、1年って人生においては80分の1なんですね。

これって1.25%ぐらいでしょ? 「ここ」と決めたらとことん頑張る。
そのわずかな時間を頑張れるかどうかが、
人生のベクトルを大きく変えるんだと思います。

小宮さんにいわせるとここすら頑張れない人はなにおかいわんや!
1.25%頑張れない人はダメ。

小宮一哲は勉強もスポーツもできてプライドが高かったのですが、
高校をドロップアウトした後は、
何もせず怠惰な日々を過ごしていました。

その頃「負ける可能性があるなら戦いたくない」と
いうことを認めたくないあまり、当時の小宮の勝敗が
決まる戦いに挑めなくなっていたのです。

しかしそれを変えたのは「つけめん TETSU」の挑戦でした。
それから現在まで、何かを投げ出したことはないそうです。
「つけめんTETSU」の成功体験が過去を払拭してくれたのです。

最初の店の開店時店の売り上げは年商350万円で、
小宮の収入はゼロという惨状でした。

彼はもともとラーメンが大好きで、学生時代から各地のラーメンを食べ歩き、
自作して研究を重ねてきました。味はどこよりもおいしいと
自信を持っていたんです。

しかし、1日に数えるほどのお客さんしか来ない日もありました。
缶コーヒーすら自由に買えない日々でした。

自分では精一杯努力しているのに、その努力がなかなか認められなかったと。
普通の人ならそう考えるところ。
小宮一哲は違っていた。

 

いや、僕はそうは思いませんでした。努力が十分かどうかを判断するのは、
自分ではなくお客さんです。

お客さんが来ないのは、それは満足させられるだけの味を
提供できていなかったということ。
つまり、努力が足りなかったわけです。

彼は客が悪いのではなく完全に自分の努力がたりないと考えた。
これが小宮一哲の成功の秘訣だと言い切れます。

 

いくら「頑張っている」と主張しても、結果が伴わなければ、
それは頑張っていないんです。

「頑張りが認められるのは義務教育まで」というのが僕の持論。
それ以降は頑張るだけではなく、結果が求められます。

がむしゃらに働くというのは、むやみに
ハードワークを続けることではありません。

頑張りには「結果に結びつくもの」と
「実にならない、徒労に終わるもの」があります。

僕が生き残れたのは、頑張り方の違いに早くから
気がつけたからだと思っています。

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