岸田昌幸「どん底評論家」の経歴や家族は?なぜ会社が倒産した?


ホンマでっか!?TV【どん底からの人生復活】

2017年11月15日(水)  21時00分~21時54分 フジテレビ

岸田昌幸が出演します。「人生なんとかなる!?どん底ホンマでっか!?」 どん底の人生経験をした“どん底評論家”から唯一無二の情報を伺っていきます。“全財産50円のホームレス”評論家・岸田昌幸先生は、あることをきっかけにセレブな社長人生からホームレス人生に一気に転落。すっかりどん底から立ち直った今、「どん底評論家」を名乗っています。

元セレブ社長であったが、社員による持ち逃げ詐欺にあい、会社も家族もお金も家も全て失った人です。
社長からホームレスに一転。突き落とされた奈落の底から這い上がり、様々な苦難を乗り越えた著者の半生の物語。
書籍にもまとめました。
その過酷な人生から得た人生を変える心構え。「幸せへのパスポート」のつかみ方をあなたに。人はいつからでも変われる!

 

岸田昌幸の家族

奥さんとは再婚で子供が2人いたが。社員の持ち逃げ事件で離婚をすることになりました。
奥さんには子供が成人するまで待ってと言われ13年まってやっと結婚したのに、その3年後に持ち逃げ詐欺にあい、離婚を告げられます。更に岸田昌幸を傷つけたのは、妻の連れ子から言われた一言「3年間一緒にいたからといって本当の父親になったと思うな」と言う一言。

この一言はその後岸田昌幸のトラウマになりました。だって岸田は奥さんと2人の連れ子をずっと自分の子供のように接して大切にしてきたから。
妻からは「あなたが立ち直ったらまた一緒に住もうね」相手のことも考え離婚届に捺印したのです。

しかしそのトタン自宅のカギは交換され、妻と子供は携帯電話の番号も変えてしまい連絡を絶たれたのです。

不幸はなお続き、岸田昌幸が全てを失った後今度は実の両親から親子の縁を切ってくれとの連絡が、踏んだり蹴ったりとはまさにこのことを言うのでしょう!
まさに金の切れ目が縁の切れ目と言うことです。

 

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岸田昌幸の会社が倒産した理由

岸田昌幸は26歳でデザイナー起業。最初は脱サラのアルアルで随分苦労したようです。
しかし徐々に事業は拡大、法人化も果たし大阪・東京・カナダにも拠点をもうけメガバンクからも優良企業のお墨付きをもらうまでに。
岸田社長も代表取締役として飛び回る毎日を過ごしていました。いつしか起業して23年が経っていました。

そんなとき知り合いからある人をぜひ御社の社員にと推薦をうけました。
岸田昌幸49歳の時、この社員により会社資金の持ち去り事件が発生。
岸田社長は会社も家族も家もお金も全て失いました。

後からわかったことですが、この持ち逃げ社員を紹介した知人もなんとグルであることが判明。岸田社長は2重のショックを受けたのです。

もうこれは普通の人間では立ち直れない!

 

岸田昌幸の経歴

氏名:岸田 昌幸

大阪府生まれ。大学卒業後、広告代理店に就職。その3年後、独立しデザイナーとして起業。その後、事業拡大に伴い法人化し、広告代理業、店舗・モデルハウス・展示会等、プロデュース部門を立ち上げる。

大阪本社、東京支社、北米カナダ支社を設立。23年間、経営者として事業展開。しかし、会社で多額な持ち逃げ詐欺に遭い、全てを失いホームレス生活。そこから這い上がり、自分のように苦しんでいる人を助けたいという思いから、自らが積み重ねた経営者の経験を活かし、中小企業再生支援コンサルタントとして活動。業種・業態を問わず、講演会・クライアントへの指導を通じて、成功に導くための方法論を体系化し、成果を上げている。モットーは、「日本を元気に!」

 

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