奇跡体験!アンビリバボー 日本を揺るがせた歴史的事件の裏側3時間SP
2017年6月29日(木) 19時57分~22時48分 フジテレビ系列で放送
豊田商事事件を取りあげます。
確かに、儲けてやろうと思っていた人もいたにはいたであろうが、儲けてやろうと虎視眈々と世間を見ている年寄りは用心深いので、あんまり簡単に他人に金を出してくれない。
カネを出してしまった人々、それも蓄えをそっくり出してしまった年寄りの多くは、豊田商事の詐欺師を他人と思えなくなってしまった人たちであった。
あまりにも巧妙、最初は仏壇に線香をあげた。
一人で困った老人の手となり足となり、甲斐甲斐しく動いてあげる。
そうして豊田商事のセールスマンは老人に信頼を受けていったのです。
他人と思っても、独り暮らしで寂しい身の上に優しい言葉をかけられ「もう、どうにでもして」という気持ちにさせられてしまったのですね。
欲に駆られて金(ペーパー)に投資したのであれば、欲の皮が突っ張ってということもいえます。
しかし、騙された多くの老人は設けることより、この見かけの親切(実際はそうではなかった)に騙された人が多いのです。
その点から言えば悪質極まりなく、永野社長の悲劇も同情されることは無かったのです。
詐欺被害総額は2000億円といわれた大型詐欺事件です。
また自分が年を取って会社から追い出され、学生時代からの旧友や飲み友達とも滅多に会えなくなり、その内に親兄弟や親戚知り合いがぽつりぽつりと死んでいくような年になっても独り身になってしまったら、このような老人にならないという自信がない。
そういう時、お金を「預け」れば、親身になって相手になってくれる若者がいたら、多分この事件の被害者と同じような事をしてしまうかもと思うのです。ただしお金があったらね。
ないと騙されようが無いものね。
中坊弁護士が率いる管財人が資金を回収した。
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中坊公平弁護士の経歴
元弁護士。
1929年8月2日、京都府京都市生まれ。
1954年、司法試験に合格。
1970年、大阪弁護士会副会長に就任。
1973年、森永ヒ素ミルク中毒事件被害者弁護団と千日デパート火災テナント弁護団の団長に就任。
1985年、豊田商事の破産管財人となる。
これらの案件において被害者救済に尽力し、90年、日本弁護士連合会会長に就任。
市民派弁護士の代表格として「平成の鬼平」との異名を得る。
1999年、司法制度改革審議会委員に就任。
2002年、住宅金融債権管理機構(現・整理回収機構)の初代社長として債権者から15億円を詐取したとして詐欺罪で告発されたが、起訴猶予処分となり社長を辞任。
03年、弁護士の登録取消届を提出、弁護士を廃業した。13年5月3日、心不全により死去。享年83。
中坊弁護士他チームの資金回収
豊田商事は破産時、売り上げの半分は従業員への給与の支払い(支店長クラスで基本給90〜140万+役職手当90万。
これに支店の売り上げの0.5%が加算される)とその後の会社の運営資金として、残り半分は永野社長個人の先物取引での損失や会社としての事業の失敗により殆ど消えており、豊田商事には資産と呼べる物は皆無でした。
また、永野一男個人も、殺害されたときの所持金はわずか711円だった。
しかし、管財人となった中坊公平の率いるチームによって、今まで豊田商事が浪費した金が回収される。
中坊弁護士が率いる管財人チームの資金回収は徹底しており、豊田商事グループの賃貸先からの家賃や敷金、高額の給料を貰っていた豊田商事の従業員が納めた税金まで回収し、その総額は100億円を越えた。
一方、回収に対する妨害行為も多々発生しており、一部の暴力団や金融機関等は、管財人チームが回収した金の奪取や建物占有行為を強行した。
ただ、管理人は如何に違法な企業の給与の源泉所得税といえども、税金を差し押さえるやり方には異論を持っています。
税金にはいかなる理由があっても手を付けてはいけないと思っています。
また賃貸先からの家賃や敷金。
これも善意の第三者から無理やり集めた資金で問題があります。豊田商事に被害者はお気の毒です。
しかし豊田商事に物件を賃貸したビルオーナーも損害をこうむるわけです。豊田商事のペーパー商法の被害者を助けるためにね。
結局そこまでえげつなく、豊田商事から資金を回収しても、被害総額2000億円と言われる、20分の1にしかなりませんでした。
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