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ピンクレディーケイ増田惠子68歳の今|夫との別れと50年の軌跡

「ペッパー警部」で日本中を熱狂させたピンク・レディーのケイこと増田惠子さん。2026年1月23日に「徹子の部屋」へ出演し、2024年に膵臓がんで亡くなった最愛の夫への想いを語りました。68歳を迎えた今も輝き続ける彼女の半世紀にわたる歩みと、喪失を乗り越える姿に迫ります。

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目次

2026年1月23日「徹子の部屋」で語った心の内

放送概要

テレビ朝日系列「徹子の部屋」に増田惠子さんが登場しました。

放送日:2026年1月23日(金)午後1時~1時30分
出演者:増田惠子(元ピンク・レディー)

番組で明かされた3つのテーマ

①黄金期の過酷な日々を回顧

ピンク・レディーとして活躍していた1970年代後半、増田さんの生活は想像を絶する過酷さでした。

当時のスケジュール

  • 睡眠:わずか3時間
  • 仕事本数:1日に十数本
  • 仮眠場所:スタジオの片隅に敷いたゴザの上
  • 終業:連日深夜3~4時
  • 始業:翌朝6時には次の現場へ

「スタジオの片隅にゴザを敷いて横になる。それが唯一の休息でした」と当時を振り返る増田さん。しかし表情に後悔の色はありません。

「なかなかデビューできず、自分でつかんだ歌手の夢。だから悔いはないんです」

自らの手でつかみ取った夢だからこそ、どんな過酷な状況でも前を向けたのでしょう。

②料理好きだった夫との思い出

2002年に44歳で結婚した音響会社社長の桑木知二さん。2024年8月に膵臓がんで70歳の生涯を閉じるまで、増田さんにとってかけがえのない存在でした。

結婚前まで食事に無関心だった増田さんの人生を変えたのが、料理好きの夫でした。

「夫の影響で、自分で出汁をひくようになりました。丁寧な食卓を目指すようになったんです」

夫婦で過ごす時間は、増田さんの人生に新しい彩りを与えました。様々なメニューに挑戦し、二人で食卓を囲む日々。それは何よりも幸せな時間だったといいます。

③静かに余命を受け入れた夫の姿

2024年、膵臓がんと診断された夫。余命宣告を受けた夫の反応は、増田さんの予想を超えるものでした。

「動揺する私とは対照的に、夫は静かに余命を受け入れました。自分らしく笑顔で最期まで暮らしたんです」

夫の穏やかな姿勢に、増田さんは大きな学びを得ました。

「夫のため、自分も笑顔で丁寧な暮らしを続けることを決意しました」

悲しみに沈むのではなく、夫が教えてくれた「丁寧な暮らし」を笑顔で続ける。それが増田さんなりの供養の形なのです。


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増田惠子という女性を知る

生い立ちと運命の出会い

本名:桑木啓子(旧姓:増田、旧々姓:小林)
生年月日:1957年9月2日
現在の年齢:68歳
出身:静岡県静岡市
血液型:O型

増田さんは静岡市で三人兄妹の末っ子として生を受けました。しかし4歳の時に父を亡くし、焼津市に住む伯母夫婦(増田家)に預けられます。7歳で正式に養女となり、増田姓を名乗るようになりました。

運命が動いたのは1972年、中学2年生の時です。静岡市立末広中学校に転校した増田さんは、そこで根本美鶴代(現:未唯mie)と出会います。この出会いが、後に日本を代表するアイドルデュオ「ピンク・レディー」の誕生につながるのです。

所属と公式情報

所属事務所:ケイ・オフィス(佐藤企画と業務提携)
公式サイト:https://www.kei-office.net/
Instagram:@keiko_masuda_official
ブログ:「Yes!My Life」

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ピンク・レディー誕生までの道のり

「スター誕生!」という登竜門

1976年2月、増田さんと根本美鶴代さんは日本テレビの人気オーディション番組「スター誕生!」の決戦大会に臨みます。そして見事合格を果たしました。

デビューまでの期間はわずか半年。1976年8月25日、デュオ「ピンク・レディー」として「ペッパー警部」でデビューを飾ります。

当時の芸名は「増田啓子」、愛称は「ケイ」でした。

社会現象となった「ペッパー警部」

デビュー曲「ペッパー警部」は、音楽シーンに衝撃を与えました。

売上実績

  • オリコン調べ:60.5万枚
  • 出荷ベース:ミリオンセラー達成

受賞

  • 1976年末「第18回日本レコード大賞」新人賞

この曲の最大の特徴は、両脚をがに股に開くポーズを含む斬新な振り付けでした。土居甫氏による振付は、従来のアイドル像を覆す革新的なものだったのです。

子どもから大人まで、日本中が「ペッパー警部」の振り付けを真似しました。これは単なるヒット曲を超えた、社会現象でした。

止まらないヒットの連鎖

第2弾「S・O・S」(1976年11月)、第3弾「カルメン’77」(1977年3月)と、ピンク・レディーのヒットは続きます。

その後も「渚のシンドバッド」「ウォンテッド(指名手配)」「UFO」「サウスポー」「モンスター」「透明人間」と、次々とヒット曲を生み出していきました。

特に「UFO」(1977年12月)は、ピンク・レディー最大のヒット曲となり、その地位を不動のものとしました。


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給料5万円時代の真実

人気絶頂期でも月給5万円

勝俣州和さんのYouTubeチャンネルで明かされた衝撃の事実があります。

デビュー1年目の給料体系

  • 月給:一律5万円(スター誕生出身の歌手全員同額)
  • デビュー前:1仕事3,000円の歩合制

社会現象を巻き起こし、テレビ・ラジオ・雑誌・コンサート・CMと引っ張りだこだったピンク・レディー。しかし給料は月5万円だったのです。

「それでも幸せだった」という言葉の重み

増田さんは当時をこう振り返ります。

「歩合なんてあるの知らなかった。好きなことをやって、夢だった歌手になって歌って踊れて…それだけで幸せだった」

お金のためではない。夢を叶えた喜び。好きなことを仕事にできる幸せ。その純粋な想いが、過酷なスケジュールを乗り越える原動力となったのです。


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1981年、ピンク・レディー解散

約4年半にわたり日本中を熱狂させたピンク・レディーですが、1981年3月31日、活動に幕を下ろします。

燃え尽きるように駆け抜けた4年半。しかし、増田さんの歌手人生はここで終わりませんでした。

ソロアーティスト増田惠子の誕生

1982年「すずめ」で新たなスタート

1981年にピンク・レディーを解散した翌年の1982年、増田さんはソロ歌手として再出発します。

デビュー曲は中島みゆき作詞・作曲の「すずめ」。この楽曲は大ヒットを記録し、増田惠子というソロアーティストの地位を確立しました。

ピンク・レディー時代とは異なる、じっくりと歌を聴かせるスタイル。増田さんの本当の歌唱力が評価され始めたのです。

パリへ、シャンソンという新天地

1988年、増田さんは大きな決断をします。パリへ渡り、かねてから興味を抱いていたシャンソンを学ぶことにしたのです。

1989年、IVS音楽出版のバックアップのもと、フランスでデビュー。

フランスデビューアルバム「Simples Confidence」

  • 全10曲(仏語6曲、英語4曲)
  • JUST’IN(ジュスティーヌ)より発売
  • グランダルシュでライブパフォーマンス
  • 日本盤「Voice Cologne」として徳間ジャパンより発売

日本のアイドルからフランスのシャンソン歌手へ。増田さんの挑戦は、多くの人に勇気を与えました。


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ソロキャリア45年の集大成

主要アルバムの軌跡

1989年:「Voice Cologne」(フランスデビュー作日本盤)
2005年:「奇蹟の花」(15年ぶりの新曲)
2008年:「Now & Then 〜もいちど遊びましょ〜」(19年振りのアルバム)
2012年:「Colors 30th Anniversary All Time Best」(ソロ30周年記念)
2014年:「愛唱歌」(初のカバーアルバム)
2022年:「そして、ここから…[40th Anniversary Platinum Album]」(ソロ40周年記念)

2026年2月4日、最新アルバム発売決定

ソロデビュー45周年を記念した最新アルバムがリリースされます。

アルバム情報

  • タイトル:「ゴールデン☆ベスト 増田惠子 シングル&恋するお友達」
  • 発売日:2026年2月4日(水)
  • レーベル:ワーナーミュージック・ジャパン
  • 価格:2,200円(税込)
  • 品番:WPCL-20044
  • 内容:セカンドアルバム「恋するお友達」が初CD化!シングル全曲も収録

増田さんはブログでこう喜びを語っています。

「錚々たる作詞作曲家、シンガーソングライターの皆様から素晴らしい楽曲をたくさん書いて頂いて、本当に幸せです」


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ピンク・レディー再結成の記録

2003~2005年、ファンの声に応えて

2003年から2005年にかけて、ピンク・レディーとして復活コンサートを開催。多くのファンが、再び二人のパフォーマンスを目にする機会を得ました。

これ以降、テレビのバラエティー番組への出演も増加していきます。

2017年末、39年ぶりのレコード大賞

2017年12月30日、TBS系「第59回 輝く!日本レコード大賞」に出演。恩師・阿久悠の功績を讃える特別出演でした。

39年ぶりのレコ大舞台

  • 直近のコンサートツアーからは6年ぶり
  • 都倉俊一の指揮によるオーケストラで披露
  • 「ペッパー警部」「ウォンテッド(指名手配)」「UFO」を熱唱

2018年、レジェンド・アーティストとして

翌2018年の「第60回 輝く!日本レコード大賞」にも出演。

“レジェンド・アーティスト”コーナーで「UFO」「S・O・S」「渚のシンドバッド」「サウスポー」のメドレーを披露し、会場を沸かせました。

2025年、未唯mieとのジョイントライブ

2025年8月23日:ビルボードライブ大阪(1日2回公演)
2025年9月2日:ビルボードライブ横浜(1日2回公演・増田さん68歳誕生日当日)

「増田惠子&KEI(ピンク・レディー) I Love Singing!!2025〜バースデイスペシャル〜」として開催。

※2025年9月2日の横浜公演は増田さんの体調不良により延期となりました。


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44歳の結婚、そして別れ

2002年6月、電撃結婚

2002年6月23日、音響会社「ギルド・ジャパン」社長の桑木知二さんと電撃結婚。増田さん44歳の時でした。

桑木さんとはテレビ番組を通じて古くからの知り合いでしたが、結婚を決めたのは増田さんからのプロポーズだったといいます。

料理好きの夫が変えた生活

結婚するまで食事に無頓着だった増田さんは、料理好きの夫の影響で大きく変化していきます。

変化した日常

  • 自分で出汁をひくようになった
  • 「丁寧な食卓」を目指すようになった
  • 色々なメニューに挑戦するようになった

夫婦で過ごす時間は、増田さんにとってかけがえのないものでした。

2024年8月、最愛の人との別れ

2024年8月21日、夫・桑木知二さんが膵臓がんのため死去(享年70)。増田さんは2024年10月7日にブログとInstagramで報告しました。

「動揺する私とは対照的に、夫は静かに余命を受け入れ、自分らしく笑顔で最期まで暮らしました」

夫の穏やかな最期の姿から、増田さんは大切なことを学びます。

「夫のため、自分も笑顔で丁寧な暮らしを続けることを決意しました」

悲しみに沈むのではなく、夫が教えてくれた「丁寧な暮らし」を笑顔で続ける。それが増田さんなりの愛の形なのです。


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2026年デビュー50周年イヤー

2月6日、アニバーサリーコンサート開催

公演名:増田惠子・ソロデビュー45th anniversary concert I Love Singing スペシャル! 〜ソロシングル、カバー、そしてピンク・レディー

開催情報

  • 日時:2026年2月6日(金)
  • 開場:17:00
  • 開演:18:00
  • 終演:20:00(予定)
  • 会場:I’M A SHOW(東京都千代田区有楽町マリオン別館7F)

特徴:増田さん初となる「事前セットリスト公開」によるコンサート!

8月25日、ピンク・レディーデビュー50周年

2026年8月25日で、ピンク・レディーとしてデビューちょうど50周年を迎えます。

記念イベントやコンサートの開催が期待されています。公式サイトやSNSで最新情報をチェックしましょう。


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テレビ出演情報【2026年】

BS10プレミアム「STORIES〜歌に刻まれし物語〜」

放送日時

  • [#1] 2026年1月9日(金)19:00 / 1月13日(火)11:00 他
  • [#2] 2026年1月16日(金)19:00 / 1月20日(火)11:00 他

ライブ独占放送(再放送)

BS10プレミアムで「増田惠子&KEI(ピンク・レディー)I Love Singing!!」の再放送が実施されています。2025年10月28日にBillboard Live YOKOHAMAで開催されたライブの模様です。

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女優としての顔

ドラマ出演の軌跡

主な出演作

  • 火曜劇場「三年待った女」(1981年、日本テレビ) – 沢本真理子 役
  • 時代劇スペシャル「清水次郎長シリーズ」(1981〜1983年、フジテレビ・東映) – お蝶 役
  • 月曜ワイド劇場「雲の階段 ニセ医師をめぐる女二人」(1983年、テレビ朝日) – 鈴木幸子 役

舞台への挑戦

音楽劇「トムとジェリー 夢よもう一度」(2019年)

  • 名古屋御園座
  • 東京BUNKAMURAオーチャードホール
  • 大阪・クールジャパンパーク

歌手としてだけでなく、女優としても活躍の場を広げる増田さん。表現者としての幅の広さを見せています。


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家族という絆

増田さんは人生で3人の大切な家族を看取りました。

実母(小林家):2012年に死去(享年93)
養母(増田家の伯母):2001年に死去
:桑木知二(2024年8月死去)

2人の母を看取り、そして最愛の夫を看取った増田さん。別れの悲しみを何度も経験しながらも、前を向き続けています。


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増田惠子の魅力を紐解く

深みを増した歌唱力

ピンク・レディー時代は「踊りながら歌う」という高度なパフォーマンスで知られていましたが、ソロになってから増田さんの本当の歌唱力が評価されるようになりました。

特にシャンソンやカバー曲では、深みのある表現力と感情の込め方が光ります。年齢を重ねるごとに、歌に深みが増していくのです。

68歳とは思えない美しさ

2026年現在、68歳を迎えた増田さん。しかしその美しさは変わりません。

肌のハリ、スタイル、そして何より笑顔の輝き。年齢を感じさせない美しさの秘訣は、「丁寧な暮らし」にあるのかもしれません。

一貫したプロ意識

デビューから50年、常にプロ意識を持って活動を続ける増田さん。

ライブでは全力でパフォーマンスし、ファンを大切にする姿勢は変わりません。この一貫した姿勢が、多くの人から愛され続ける理由です。

喪失を乗り越える力

2人の母、そして最愛の夫を失った悲しみ。その中でも笑顔で前を向き、丁寧な暮らしを続ける増田さん。

この前向きな姿勢は、同世代の女性たちに大きな勇気を与えています。人生の困難を乗り越える力強さと、優しさを併せ持つ姿に、多くの人が心を動かされています。


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ピンク・レディーの名曲たち

シングル曲一覧(主なヒット曲)

  1. ペッパー警部(1976年8月) – デビュー曲
  2. S・O・S(1976年11月)
  3. カルメン’77(1977年3月)
  4. 渚のシンドバッド(1977年6月)
  5. ウォンテッド(指名手配)(1977年9月)
  6. UFO(1977年12月) – 最大のヒット曲
  7. サウスポー(1978年3月)
  8. モンスター(1978年6月)
  9. 透明人間(1978年10月)
  10. カメレオン・アーミー(1979年1月)

振り付けという革命

土居甫氏による振り付けは、ピンク・レディーのもう一つの魅力でした。

特徴

  • がに股を開くポーズ
  • キレのあるダンス
  • 誰でも真似できる親しみやすさ

これらの振り付けは、子どもから大人まで、誰もが真似した社会現象となりました。運動会や忘年会で「ペッパー警部」や「UFO」を踊った経験がある人は、今も多いはずです。


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ファンへの変わらぬ想い

増田さんは公式ブログ「Yes!My Life」で、日々の出来事や想いを綴っています。

ファンとの距離が近く、温かいメッセージを発信し続ける姿勢。これはデビュー当時から変わらない増田さんの魅力です。

デビュー50周年を迎える2026年も、変わらぬ姿勢で活動を続けていきます。


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まとめ:増田惠子という生き方から学ぶこと

1976年、19歳でピンク・レディーとしてデビューし、日本の音楽史に輝かしい足跡を残した増田惠子さん。

解散後はソロ歌手として、女優として、そして一人の女性として、様々な人生を歩んできました。

44歳で結婚し、料理好きの夫と丁寧な暮らしを楽しんだ日々。そして2024年、最愛の夫を失った悲しみ。

それでも笑顔で前を向き、夫が教えてくれた「丁寧な暮らし」を続ける増田さんの姿は、私たちに大切なことを教えてくれます。

人生は山あり谷あり。しかし、どんな時も笑顔を忘れず、丁寧に生きることの大切さ。

増田惠子さんの68年の人生から、私たちは多くのことを学ぶことができます。


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増田惠子 基本情報まとめ

生年月日:1957年9月2日(68歳)
本名:桑木啓子
出身:静岡県静岡市
デビュー:1976年8月25日(ピンク・レディー)
ソロデビュー:1982年「すずめ」
結婚:2002年(44歳)
夫の死去:2024年8月
2026年活動:デビュー50周年イヤー

公式情報・SNS

🌐 公式サイト:https://www.kei-office.net/
📱 Instagram:@keiko_masuda_official
📝 ブログ:「Yes!My Life」

2026年注目スケジュール

日程内容
1月23日「徹子の部屋」出演
2月4日「ゴールデン☆ベスト」リリース
2月6日ソロデビュー45周年記念コンサート
8月25日ピンク・レディーデビュー50周年

2026年、デビュー50周年を迎える増田惠子さん。これからも変わらぬ笑顔で、私たちに歌声と勇気を届けてくれることでしょう。最新情報は公式サイトやSNSでチェックしてください。

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