SWITCHインタビュー 達人達(たち)「ジャガー横田×高橋孝雄」
2019年3月23日(土) 22時00分~23時00分 NHK Eテレで放送
高橋孝雄医師は「小児科医のぼくが伝えたい最高の子育て」という本を出版している。
非常に売れ行きがいいようだ。
小児科医が育児書を書くことは非常に珍しいと言えます。
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なぜ高橋医師は育児書を書いたのか?
育児書を出版しながら、高橋孝雄医師は子育てに参加したとは大きな声では言えないらしい。しかし野球のコーチが自分にはできなくても、投げ方や打ち方を若い選手に教えるように、小児科医として伝えることが有れば、それを伝えるのが自分の仕事と感じていた。
初老の男性が子育て論をだすのも面白い試みかなと思えたから出版したようです。
小児科医は子供の代弁者であると高橋医師は考えています。
すなわち医師が子供の思いを汲み取ること
一例を上げると子どもが今まさに怪我をしているとするとします。
子どもがケガをして血を流していますというのは代弁ではないと考えます。
代弁とは・・・「痛いねー、お母さんがいないし、悲しくて泣いているんだねー」と子どもに声を掛けるとすると、子どもは少し安心する。
その子がそうなんだと感じたなら、、医師は子供の思いを代弁したと高橋医師は考えているんですね。
また高橋医師は小児科医は同時にお母さんの代弁者でもあると考えています。
お母さんが漠然と子育てに不安を持っていることも多いと聞きます。
また子どもに虐待をしている母親もいます。
子どもを治すのにはまずお母さんを治すと小児科医は教えられるのです。
病気の子、元気な子、小児科医として高橋医師は何万人も診察してきた。
その中で子どもたちが感じていることやお母さんの悩みなどを代弁者として受け取る。
それをできるだけ多くの方々に伝える事が正解だと。
それが高橋孝雄医師が「小児科医のぼくが伝えたい最高の子育て」を書いた本当の理由です。
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高橋孝雄(たかはしたかお)のプロフィール
高橋孝雄:慶応大学医学部 小児科主任教授 医学博士
生年月日:1957年8月生まれ(61歳)
出身大学:1982年慶應義塾大学医学部卒業
1988年米国マサチューセッツ総合病院小児科に勤務
ハーバード大学医学部神経学講師も勤めた
1994帰国し、慶応義塾大学小児科で医師、教授として現在活躍中。
趣味:ランニング、マラソンのベストタイムは2016年東京マラソンで記録した3時間7分
別名”日本一足の速い小児科教授”というキャッチフレーズ
父がが4歳の時に脳腫瘍で亡くなり、母親はものすごくご苦労した。
いわゆる、母子家庭で育つ。高橋医師は大学生になって初めて自分が小さい時に生活保護で生活していたんだってこと知ったらしい。
そんなことを子供の時に感じたことすらなかったようだ。
お母さんの生活ぶりが子育てがよかったのでしょう。
子供からすれば十分裕福で。住む家があって、学費は祖父が出してくれていて、母親は心配げな顔しないで毎日気楽に生きていたというのが、思い出らしい。
父親がいなくて寂しいと思ったことはなかったわけですから、十分裕福だったようだ。
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まとめ
高橋孝雄医師✖プロレスラーのジャガー横田の子育て論の異種格闘技戦
小児科医としての苦い経験を告白、親の悩みを解消することが子どもの治療にもつながると考えるように至った経緯を高橋孝雄医師は語り、子育て中の横田にエールを贈る。