2月1日(金)爆報!THE フライデー TBS系列 19:00から
佐良直美さんが出演します。
佐良直美はいかにして芸能界に
佐良直美さん日本大学藝術学部卒業後、1967年に歌手デビュー。
「世界は二人のために」が大ヒット。120万枚の売上。
で一挙に大歌手に第9回日本レコード大賞の新人賞を受賞。さらに同年の第18回NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。順風満帆の芸能生活を始めることになった。
この歌ですが想像するに結婚式の定番ソング(当時)だったに違いないと推測できます?
どこの結婚式場でも歌われたでしょう。翌1968年、「世界は二人のために」が同年春に開催された、第40回選抜高校野球大会の入場行進曲に採用された。
1969年には、「いいじゃないの幸せならば」で第11回日本レコード大賞を受賞。たてつずけにヒットを量産し日本レコード大賞の新人賞・大賞を両方受賞したのは、史上初の快挙。押しも押されもしない地位をきずいた。
佐良直美の今現在は実業家!
あまり歌手と実業家と関連性はということですが。
今現在佐良直美は芸能活動とは無関係。
ほぼテレビにも出ない人になってしまった。
一般人で栃木県那須塩原市で家庭犬のしつけ教室『アニマルファンスィアーズクラブ (AFC)』を主宰している。
『アニマルファンスィアーズクラブ (AFC)』の活動は地道なものでアメリカから家庭犬のしつけ専門家などを招いて定期的にセミナーを開いています。
ペットのしつけについてもちゃんとした考えを持って活動している?
ペットを取り巻く現状について。
一昔前まで犬といえば番をする動物だったのが、今では家族の一員、コンパニオンアニマルという位置づけに変わってきました。公園には沢山のミックスの子犬が捨てられていた時代が、今や飼い主の中途放棄のため、ピュアブレッドの犬が動物保護管理センター(動管センター)で殺処分になるケースが増えている現状です。その理由はある程度納得のいくものから怒り心頭に達するものまで様々ですが、一度縁あって家族の一員として迎え入れたのなら、なぜ飼い主がもっと犬をできるだけ「いいこ」にする努力をしなかったのか、自分の腕の中で眠るように送ってやれないのか・・・考えてしまいます。日本のペット業界は成長を続けています。しかし動物の流通経路にしても子犬の両親やきょうだいを見てその中から自分の気に入った子を選んで買うことのできるところは少なく、ペットショップのショーケースの中にいる子犬を買うのがほとんどではないでしょうか。そしてペットショップの店員さんの中で犬種の特性を正しく把握し、お客様の家族構成や家の周囲の環境にあった動物(犬を飼うには不向きな方には他の猫とか鳥とか魚とか)をお勧めできるほどの人材がどれほどいるでしょうか。犬を飼う人たちも犬種の特性等よく勉強してから、自分にはどれがいいか決めているでしょうか。長い間、人間と共に暮らしているため、飼いやすい動物と誤解されているのです。そしてその長い歴史の中で人間の役に立つように様々な仕事に合う特性を持った犬たちを交配し、品種固定されてきました。その中で、家庭犬として向く犬種は、どれなのでしょうか。飼い主はその犬にいったい何を求めているのでしょうか。一般社団法人 優良家庭犬普及協会
名称 : 一般社団法人 優良家庭犬普及協会
Japan association for the promotion of Canine Good Citizens
設立 : 2015年 3月 20日
住所 : 東京都八王子市四谷町1917-36 コーポ中平201
役員
会長(新) : 佐良 直美 (アニマルファンスィアーズクラブ 主宰)
副会長 : 石井 ふく子 (舞台演出家・テレビプロデューサー)
これはありがとうというドラマの関係でしょうか?
芸能界から実業家にその間には?
佐良直美さんは歌手からいきなり実業家になったわけでなく。
この間に停滞期というか不遇の時代がある。キャッシーというタレントさんとレズ関係を疑われたのもこのころです1980年ころ
そう大阪では『あほのキャッシー』って呼ばれてました。
プリン&キャッシーのテレビテレビっていう番組のMC
メインのMCは横山プリンさんという横山ノックの弟子で横山やすしの兄弟弟子?だったと思います。横山やすしと漫才コンビを組むもうまくいかず解散。
さて佐良直美さんは1980年にタレントのキャッシーとのスキャンダル報道がされて以後は、次第に芸能活動から遠ざかっていき、同年のNHK紅白歌合戦も落選したのです。これは明らかにスキャンダルの影響。
ただし、佐良直美本人は後に「あれは何がなんだか全然わかりません。ビックリするだけでした。ただ、どの社会にも裏表や力関係がある、そういうことなんでしょうね。」と騒動を否定している。
この真相はわかりませんが、この騒動を境に佐良直美さんの芸能活動の減速に大きな影響を与えたのは間違いがないでしょう。ただむきになって否定しないの意が、佐良直美さんの育ちの良さです。
芸能人としても非常にいい加減な人ではないように見える人柄でした。
実業家になったいきさつは佐良直美さんは1987年頃、歌手業を含めた芸能活動を長期休業し、実業家へと転身。
後に本人が語ったところでは、「前年に師匠と仰ぐジャズボーカリストの水島早苗(1978年没)へ捧げたカセットアルバムを出したところで燃え尽きた」ことに加え、同年に声帯ポリープの手術を行い1年ほど声を出せなくなったため、実家の仕事を手伝うことになり、歌どころではなくなったという。
これが表向きの事情でしょうが、キャッシー問題も大きなダメージ理由だと考えられますね。
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佐良直美が芸能界から姿を消した理由が本日語られる?
そこには、切っても切れない絆で結ばれた一人の女性の存在があった!
と番組のコメントにはあります。
一人の女性が緊急出演するらしい。
もうこれは石井ふくこプロデューサーに限りなく近いのでは?
平成に入ってからも佐良直美さんと石井ふく子プロデューサーと関係は深い。
2010年9月24日、新聞にて27年ぶりに歌手復帰することが報じられた。平成時代に入ってからは自身初の、CDシングル「いのちの木陰」を2010年11月24日に発売。
関係者によるとレコーディングは同年の夏に行われたという。収録現場にはTBS系ドラマ「ありがとう」に主演として起用した石井ふく子プロデューサーも立ち会った。