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市川由紀乃が母と確執!経歴や身長は極貧生活や歌手をやめた過去も

爆報!THE フライデー【芸能人 家族の確執&あの人は今…大追跡SP】
演歌歌手市川由紀乃が出演します

放送日時:2018年1月19日(金)  19時00分~20時00分

「心かさねて」がロングヒットしNHKへの出演も多く2016年には「今年こそ紅白」と周囲も期待、見事紅白初出場。

デビュー25年の歌手生活では活動休止も経験したが、「今では笑って話せる」と明るく振り返っています。
市川由紀乃は母と確執があった。と言うのは爆報での予告編で知りました。

市川由紀乃の母が父と離婚した後は、母と由紀乃と兄が身を
寄せ合って生きてきたそうです。
ではなぜ確執が、という疑問がわきます。

中学1年のときに両親が離婚。

母は週6日の不動産事務で働き生計をたてていた。
母は女手ひとつで8歳年上の障害のある兄と市川を育ててきた。
「母に一戸建てをプレゼントしたい」との思いで頑張っていた。

障害のある兄の世話は市川由紀乃がしていた。
テニス部に所属した中学生時代はラケットも
買えなかった。

のですが、やはり父と母が離婚後は、母の手一つで子どもを
育てたので、極貧の生活を送っていたのは想像されますし、
ましてや兄は障害を抱えていた、ということを併せて

考えてもなおさらのことです。だから兄の障害のこともあり
その後の兄の死と何か関係があるかもしれません。
市川由紀乃は、母に一戸建てをという親孝行なので

そんなに瀑報が言うほど大きな確執はないと考えています。

2016年の紅白歌合戦の会場では市川由紀乃の母は
8年前に亡くなった脳性麻痺の兄(享年39)からの手紙を懐に忍ばせ
鑑賞しました。

 

市川由紀乃の経歴

芸名:市川 由紀乃(いちかわ ゆきの)
本名・松村 真利(まつむら まり)

生年月日:1976年1月8日 (42歳)

埼玉県さいたま市(旧・浦和市)出身の演歌歌手。
身長:170.5cm

星座:やぎ座
血液型:A型

作曲家・市川昭介の門下で、「市川」も彼からもらったものです。
でこれは師匠の市川昭介さんの期待が大きかったと言えます。
自分の苗字を与えることは凄く期待と将来性を感じてのことです。

所属レコード会社はテイチクからキングレコード。
所属事務所はプライム。

歌手デビューは17歳。まだ高校生だった。
事務所社長の厳しい一言があった。

「歌を取るか、学業を取るか? と所属事務所の社長に問われ、
歌を取って高校は中退しました。二兎を追えるほど、この世界は甘くないですから」

 

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市川由紀乃歌手をやめた過去

市川昭介氏門下だけに実力は折り紙付き。
数々の歌謡賞新人賞を受賞し、2001年4月から
文化放送の深夜番組「走れ!歌謡曲」の

レギュラーパーソナリティーを1年担当。
中堅女性演歌歌手として地歩を固めていた。

が歌手生活と自分のギャップに耐えきれず、
活動休止に陥ってしまいました。

燃え尽き症候群?だったのか。そういう症状でした。
結局4年ほどの活動休止となったのです。

事務所と自身の思いのズレに悩み、このままでは心が壊れると考え、
02年4月から休業。都内のデパートに入る天ぷら屋でアルバイトし、
客の皿に菜箸で天ぷらを盛りつけた。

ある日、女性店長に隠していた歌手の過去を打ち明けると
「歌手に未練があるなら、ここに留まってちゃダメ」と諭された。

その言葉に背中を押され、06年に歌手活動再開を決断。
シングルCD1枚も買えない時給で働いた4年間は、
自身の作品を買ってくれるファンへの感謝を深める貴重な経験となったのです。

だから休業した間も彼女には全くマイナスにはなっていない。
ファンがCDをどんな気持ちで買ってくれているかも分かったし、
ファンの気持もよく分かるようになった。

演歌歌手にとっては大きなプラスであったといえますね。
2017年の紅白歌合戦にも出演し、市川由紀乃は2年連続に
紅白出場となり、演歌歌手として地歩を固めつつあります。

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