宮本寛(水島高校サッカー部)は2012年に再試合を企画!最大の誤審【人生が二度あれば 運命の選択】


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]金曜ロードSHOW! 特別エンターテインメント『人生が二度あれば 運命の選択』

2017年2月24日(金) 21時00分~22時54分

 

元水島工業ゴールキーパーの宮本寛の物語です。
2002年11月10日高校選手権岡山県大会決勝、水島工業高校-作陽高校戦の1-1で迎えた延長前半、作陽2年青山敏弘のシュートがゴールに入りVゴールが決まったかに思われた。

 

この際、ゴール内のポールにボールが当たり、外に出てきたのを水島工GKがキャッチした。

そのままプレーを続けたのが審判の誤解を生んだのだ。

宮本寛はシュートがゴールポストに入ったことはわかっていなかった。

 

これを見た主審は副審に確認せずインプレーと勘違いし、ノーゴールと判定した。その後PK戦までもつれ5-3で水島工が勝利し優勝、全国への切符をつかんだ。

水島工業は誤審により全国大会出場。方や作陽高校はVゴールがゴールと認められず、全国大会出場を逃した。
水島工は誹謗中傷され本大会への移動の際には護衛がついた。

再試合を要求する声も出たが日本サッカー協会(JFA)は同年11月14日の理事会でこれを誤審と認めたものの、主管の判断を尊重し結果を覆さなかった。

これらを重く見た川淵三郎JFA会長は、全国選手権開会式の際に水島工を訪れ一連の騒動を謝罪した。

こういう顛末、高校生には残酷な結果。その後サッカー人生が変わった選手もいたでしょう。

 

宮本寛プロフィール


出典元:http://www.ntv.co.jp/jinseinido/

宮本寛(みやもとひろし)さんは1985年3月16日

岡山県倉敷市生まれの32歳。

 

高校は岡山県立水島工業高校を卒業

ポジションはGK

それ以降飲食店で働かれていたようですね。

昨年害虫駆除の会社を立ち上げたのです。

 

水島工業のゴールキーパーの宮本寛と作陽高校キャプテンの櫻内は、お互いの知り合いを通じて再開。

当時の作陽の主将櫻内と水島工のGK宮本寛が酒を飲に出かけ、当時のメンバーでOB戦を行なうことになった(2012年12月15日)。

結果は1対1。仲良く引き分けで終わった。

「誤審のときはサッカーが嫌いになった」「あのゴールがプロを目指す原点」と語っていた青山は、その再試合を終え、「サッカーを思い切り楽しめた」と喜んだ。

その思いは全員に共通していた。

 

2012年12月15日再試合の模様 水島工業✕作陽高校

皆楽しそうです。

 

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2002年11月10日高校サッカー岡山県大会決勝で事件は起こった

2002年11月10日、サッカーの全国高校選手権の

岡山県大会決勝の作陽対水島工業戦。1対1で迎えた延長3分に作陽の2年生でエースMFの青山敏弘さん

(現サンフレッチェ広島。元日本代表)が放ったシュートが

ゴールネットを揺らし、それが決勝ゴールとなったはずでしたが、主審はなぜかノーゴールと思い込み試合を続行させてしまいました。

挙げ句、PK戦にもつれこみ作陽はまさかの敗戦となりました。

 

試合はテレビ中継されており、「幻のゴール」が番組の終了間際にも

映し出されていて、誤審は明らかで後に日本サッカー協会も誤審を認めたが、試合結果は変わらなかった。

 

誤審によって敗者となり、全国への切符を逃した作陽の選手たちを傷つけたことはいうまでもありませんが、勝者となった水島工の選手たちも複雑な思いを抱えることになったのでした。

本大会前に水島工3年FW原賀啓輔が退部するなど両者に暗い影を落とした。

 

水島工業の選手たちその後は?

「幻のゴール」はテレビや新聞や雑誌で連日取り上げられ、作陽が悲劇のヒーローになる一方で、世間では水島工は敵役に

されてしまい、学校に抗議や嫌がらせの電話、手紙が殺到し、新聞には全国大会辞退を求める投書が掲載されたそうです。

もちろん選手は悪くないのに誤審のせいで本当にサッカーを止めた選手もいました。

まだ高校生の選手達は悩みに悩み、選手同士の間にも溝が生まれてしまいます。

 

全国選手権前に「出るべきだ」「辞退すべきだ」と意見が分かれ、

 

多数決を取って6対5で出場を決めたが。実はミ宮本さんは風邪で学校を休んでいて、投票は5対5であった。宮本さんの賛成票で6対5になって、出場が決定した。

 

辞退を主張したFW原賀哲さんはサッカー部を去ってしまい、それ以後県大会決勝を戦ったメンバーがそろってプレーすることは一度もなかったのです。

6対5にチームが真っ二つに割れれてしまったのですね。

 

作陽の青山 敏弘はJリーガーになりその後日本代表にもなりました。

この誤審がサッカーを続けていくモチベーションになったと後に語っています。

しかし「誤審のときはサッカーが嫌いになった」でも「あのゴールがプロを目指す原点」

なぜそれほどまで判定にこだわったのかは不明です。

 

作陽側の明らかなゴールを青木隆主審は認めなかった。

ちなみに青山のJリーグ初ゴールとなった2006年J1第20節対鹿島アントラーズ戦で、その青木が副審を担当していた。これもスゴイ縁を感じてしまいます。

青木副審は青山に何か声をかけたのでしょうか?あの時の判定を謝ったのでしょうか?

 

【高校サッカー岡山県予選】

全国高校サッカー県大会岡山県決勝戦でその出来事は起こった。

昨年全国ベスト8の名門作陽高校と県内では実力校の水島工業高校の決勝戦は1-1の白熱した試合展開で延長戦に突入した。

各都道府県によってローカルルールがあり、県予選の延長戦がVゴールか、または10分ハーフで取るかは違うらしい。岡山県はVゴールを採用していた。どちらかがゴールした時点でゲームが終わる。

 

その延長戦の最中作陽高校の選手が放ったミドルシュートは、ゴールの中の支柱に当り跳ね返ってくるほど強烈なビューティフルゴールだった。勝利を決定付けるに値する、十分なものであった。喜ぶ、作陽イレブン、監督、スタッフ。ゴールと判定し、センターサークルへ駆ける副審、見事なVゴールを決められうなだれる水島工業のDFたち。

しかし、水島工業のGKは跳ね返ってきたボールを無意識にキャッチした。普通なら無駄な行為だ。なにしろ、ボールはギリギリという微妙な範囲ではなく完全にゴールを割っていて恐らく100人にVTRを見せれば100人はそのゴールを認めるであろうものだったからだ。

 

恐らく、GKはボールを見送りながら跳びついたが、それが跳ね返ってきたのでゴールポストにあたったと思ったから無我夢中でキャッチしたのだろう。それは仕方ない。

 

-しかし、問題はその後に起こった-

主審の青木 隆 氏はゴールを認めず水島工業にプレー再開を促した。戸惑いながらもプレーを再開する選手たち。

その結果、延長戦でも、決着はつかずPK戦で作陽高校は涙を飲んだ。

 

【10年ごしの決勝戦】だった

 

ヒロミの質問にあの時に戻れたら

もし人生が二度あったら、宮本寛は全国高校サッカーへの出場を辞退したという。

 

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