12月19日(月)徹子の部屋
写真家の笹本恒子さんが出演します。
102歳現役の写真家です。
今日の徹子のへやでは。
「徹子の部屋」は黒柳が注目した“今年の顔”が登場する一週間になります。
そのトップバッターをつとめるのは、102歳の現在も報道写真家として活躍する笹本恒子さん。
今年は、笹本さんにとって大いに注目を集めた年となった。10月には「写真界のアカデミー賞」と云われる「ルーシー賞」をNYのカーネギーホールで受賞。
75年を超えて写真界に貢献する生き方が世界的に認められた。また同じく10月は東京国際映画祭に参加して、名だたるスターと共にレッド・カーペットを踏みました。
笹本恒子のプロフィール
氏名:笹本 恒子(ささもと・つねこ)
生年月日: 1914年9月1日(102歳)
出身地:日本・東京品川区
職業 :写真家
日本写真家協会名誉会員。’40年、財団法人写真協会に入社。戦後、千葉新聞社社会部、婦人民主新聞社嘱託などを経てフリーになり、激動の昭和を生きる人々を取材する。
その後、約20年のブランクを経て、’85年に71歳で開いた写真展を機にフォトジャーナリストとして活動を再開。2011年に吉川英治文化賞、日本写真協会賞功労賞、’14年にベストドレッサー賞特別賞を受賞。
著書に『好奇心ガール、いま97歳』『99歳、現在進行形ね。』(共に小学館)『笹本恒子の「わたくしの大好き」101』(宝島社)『お待ちになって、元帥閣下 自伝 笹本恒子の97年』(毎日新聞社)ほか。
9月16日写真界の世界的な賞である米国の第14回「ルーシー賞」を受賞。
笹本さんに贈られるのは、生涯を通じ写真界に貢献した個人が対象の「ライフタイム・アチーブメント部門賞」。
「厳しい時代を、自立心を持って生き抜いた女性を写し出した」と評価されました。
プライベートでは1941年27歳のとき結婚。
結婚のいきさつは日本初の女性報道写真家としてスタートを切ってわずか1年あまり。
家族の猛反対を受けて、笹本恒子さんが断腸の思いで写真の道を諦めたのは1941年のこと。その半年後、27歳で他社のカメラマンだった男性と結婚しました。
相手に求める条件は話が合って、自分の仕事を持っている人。
絵描きでも音楽家でも作家でもいいけれど、そういう自分の力のある男性がいいな、とは思っていました。
そういう意味では写真家のご主人は結婚相手としては理想的だった?
本当に写真家として忙しい毎日だったから、「別々に暮らしましょう」って笹本恒子さんから別れを告げたとのこと。
別れようと思ってたわけじゃなかったけど、それがいけなかった。
ご主人は「仕事ができる人はおおいに仕事すべきだ」という考えの持ち主で、笹本さんの撮影現場にもアシスタントとして同行してくれて、「夫婦だと知られてしまうとまずいから、僕のことは苗字で呼んでいい」と自分から言い出すような、本当にできた人だったのです。
結局、彼との結婚生活は10年と少しで終わった。
別れた今となっては、ご主人には感謝しているとのこと。
二回目の結婚はどんな感じかというと
あまりそれは言いたくないわ(笑)。しいて言うなら、気の弱い人でした。だから嘘をついてしまう。
笹本恒子さんとしてはあまり話したくない
結婚生活のようです。
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笹本恒子写真展
100歳の写真展です(終了しています)
笹本恒子は、日本最初の女性報道写真家と言われ、現在も精力的に取材・執筆活動を続けています。本展覧会では、2014年に100歳を迎えた笹本恒子が長年にわたる取材活動で撮りためた写真を展示。
第二次世界大戦から戦後、昭和、平成に至る日本のあゆみと、女性の社会的地位が定まっていなかった時代から報道分野で奮闘してきた軌跡も振り返ります。
・会場:ミュゼふくおかカメラ館
・住所:富山県高岡市福岡町福岡新559
・会期:2015年6月13日土曜日~2015年8月30日日曜日
・時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
笹本恒子健康法
笹本さんは毎朝起きてテレビでやってる体操をし、木曜日は体操の前にやっている英語のニュースを見ていると言います。やっぱり「頭と体を使うこと」。
基本歩くことも非常に大切だと言っておられます。
肉を毎日食べる
笹本さんは、「年寄りは肉を食べないというのは大間違いで、健康でいるためには油やお肉は欠かせない」と語ります。
ワインも欠かさない
笹本さんは、毎晩赤ワインを飲んでいるそうです。
ポリフェノールを豊富に含んでいる赤ワインの健康効果も有名ですね。
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