辻井いつ子(ピアニスト母)のプロフィールは元アナウンサー?教育法は


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9月20日(火)徹子の部屋のゲストは 辻井いつ子さんとピアニストの辻井伸行さんです。

ご存知盲目の辻井伸行さんをピアニストになる基礎を作った母としてその子育てや教育法が注目されています。

辻井いつ子さんの経歴や子育て教育法に皆さん興味があると思いますので調べました。

辻井いつ子のプロフィール

 

1960年(昭和35年)、東京に生まれる
東京女学館短大卒業後、

フリーのアナウンサーとして活躍
86年、産婦人科医の辻井孝氏と結婚
88年に生まれた長男・伸行氏が生後まもなく全盲とわかり、絶望と不安のなか、手探りで子育てをスタート持ち前の積極性と行動力で伸行氏の可能性を引き出した。
子育てに悩む親御さんが集まって、意見交換をするサイト「辻井いつ子の子育て広場」を開設
自分の経験が少しでもお役に立てればと、各地で講演活動も行う
著書に『今日の風、なに色?』『のぶカンタービレ!』、自身の経験をもとに子育てのポイントを紹介した、最新刊『親ばか力〜子どもの才能を引き出す10の法則』がアスコムから発売中

 

辻井いつ子の子育てがユニーク

結局、辻井いつ子さんが夫の孝さんから眼科の先生の診断結果を聞いたのは、病院から退院したあとでした。伸行の眼は、何らかの理由で眼球が成長しない「小眼球」という障害 のせいでした。

あとで聞いたところによると、夫も眼の異常に気づき、生後すぐ眼科の先生に診てもらっていたそうなのですが、出産直後の私にそれを知らせる のは避けた方がいい、と判断してくれていたようです。
伸行は一生眼が見えないと知ったとき、私は、深い谷底に突き落とされたようなショックを受けました。当時の日記帳をめくってみると「私や孝(夫)の顔 を一生見ないで終わるのかと思うと、泣いても泣ききれない」「生まれたときからこんなハンディを抱えて、それでも伸行は生きている方が幸せなのか」「もう 毎日が辛い。何をしていても辛い」と、悲痛な言葉が殴り書きのように残されています。

 

母の辻井いつ子さんは毎日泣きくらしていました。

それからしばらくは、外出して美しいものを見ても、辻井いつ子さんは自然と涙がこぼれて仕方なかったそうです。

 

西の空に広がる夕焼けや、クリスマスのイルミネーションな ど、私は季節と共に移り変わる街や自然の表情を眺めるのがとても好きなのですが、「伸行にはこの光景が一生見えないんだ」と思うと、視界が涙でかすみ、い たたまれなくなってしまうのです。

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«福澤美和さんの本に出会う»

いつ子さんの沈んだ気持ちが伸行に伝わってしまったら、この子はきっと明るい子には育たない、と焦るような気持ちです。 手探りの育児が続くなか、藁にもすがる思いで、本屋さんや図書館へ足を運びました。

 

そんなとき出合ったのが、福澤美和さんが書かれた『フロックスはわた しの目』(文春文庫)という1冊の本。

それは、網膜色素変性という視力障害がある福澤さんが、盲導犬のフロックスと一緒に生きる様を描いたエッセイでし た。
読んでみると、福澤さんは障害がありながら歌舞伎を楽しんだり、博覧会や美術館にも出かけたり、と人生を楽しんでいることが印象的でした。
それまでいつ子さんは、「見えない」ということにとらわれるあまり、その人がその人らしく生きていくということに気が回りませんでした。障害に関する本は少な く、当時は、障害というマイナスをいかに克服して社会に適応するか、といった本ばかり。

 

生まれてきた子どもの才能を伸ばすよりも、いかに社会という枠には め込むか、そういったことを書いた本が多かったように思います。
しかし、福澤さんは、何事にも楽しみながらチャレンジされていて、「障害があっても、こんな生き方もできるんだ」と、私は驚くほど気持ちが明るくなりました。

 

«福澤さんに手紙を書く»

読み終わった後、居ても立ってもいられない私は、福澤さんにすぐにお便りを出しました。自分も視力障害の子どもをもっていること、本を読んで福澤さんの生 き方そのものに感動したこと、読み終えて、とても勇気づけられたことなど、思いのたけを、いつ子さんはカセットテープに吹き込み、福澤さんへ送ります。

«福澤さんより返信»

箱根の家にこないかと、辻井いつ子さんに連絡がありました。

«福澤さんの言葉»

伸行くんは普通に育てればいいのよ、あなたが感じるまま、自分がいいと思うことはなんでもやってあげたらいい。

とアドバイスを受けたいつ子さんは、伸行さんの世界は別に暗黒の世界に居るわけではない身障者だからではなく、“伸行だから伸行らしく”育て、彼が持つ世界をもっともっと豊かにしていこう、と決心しました。

それが、後の音楽活動につながっていったのですね。

 

«辻井伸行がコンクール優勝»

2009年6月、アメリカ・テキサス州で第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールが開催。7日に表彰式があり、全てのプログラムを終えた伸行と私は、受賞された方々に笑顔で拍手を送っていました。
いよいよ優勝者の発表。会場全体に「ノブユキ・ツジイ」というコールが響き渡ったとき、大きな拍手や歓声が沸き起こりました。
まさか、伸行の名前が呼ばれるなんて思っていませんでしたので、私も伸行もびっくり。でも、ステージに上がって、ヴァン・クライバーンさんからゴールドメダルをいただく伸行の姿を見ていたら、次第に実感が湧いてきました。
今まで一度も、私たちの前で泣き顔を見せたことのなかった伸行が、そのとき、ステージで一瞬、笑顔を崩して嬉し泣きの表情に変わります

 

まとめ

辻井いつ子さんが何より素晴らしいのは、長く落ち込まずに伸行さんの未来を考えすぐに行動したこと。本の著者の福澤美和さんに会いに行ったり、伸行さんがピアノに興味を持ったときも、その興味を真面目に受け止めて伸ばして上げたりしたことです。

 

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