はじめに:渋くてダンディな俳優の若き日
ハリソン・フォードの吹き替えで知られる村井國夫さん(80歳・2026年1月現在)。現在は舞台を中心に活躍する実力派俳優ですが、若い頃はどのような活動をしていたのでしょうか?
本記事では、村井國夫さんの若い頃の出演作、デビュー時の活動、音無美紀子さんとの出会いまで、詳しくご紹介します。
村井國夫 基本プロフィール
基本情報
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 芸名 | 村井國夫(むらい・くにお)※2012年に「国夫」から改名 |
| 生年月日 | 1944年9月20日(80歳・2026年1月現在) |
| 出生地 | 中華民国 天津市 |
| 出身地 | 佐賀県佐賀市 |
| 身長 | 176cm |
| 血液型 | A型 |
| 所属事務所 | トム・プロジェクト |
| 妻 | 音無美紀子(女優) |
| 子供 | 1男1女(長女:村井麻友美/女優) |
生い立ち:中国生まれ、佐賀育ち
戦時中の中国・天津で誕生
村井國夫さんは、1944年9月20日、第二次世界大戦中の中国・天津市で誕生しました。
父・村井洋行さん: 建築会社「村井洋行」を中国で設立し、天津、北京、上海にも支店を出すほど手広く展開していた実業家
終戦後: 母に背負われて日本に引き揚げ、母の実家がある佐賀県佐賀市で、5人兄弟の末っ子として育てられました。
引っ込み思案な少年時代
末っ子として甘やかされて育った村井少年は、人見知りが激しく、引っ込み思案な性格でした。
母の提案: 「女剣劇好きだった母が、息子の引っ込み思案を案じて、高校入学時に演劇部に入部することを勧めた」
佐賀高校時代:演劇との運命的な出会い
佐賀県立佐賀高等学校(現・佐賀県立佐賀西高等学校)
偏差値: 佐賀県内トップの名門校
著名な卒業生: 野球選手、アナウンサー、政治家など
村井さんは、母の勧めで演劇部に入部します。
恩師:辻萬長との出会い
演劇部の1年先輩で部長だったのが、後に俳優として活躍する辻萬長(つじ・かずなが)さんでした。
辻萬長さん: すでに俳優志望で演技に対して独特のメソッドを持っていた
マンツーマン指導:
- 登校前: ほぼ毎日、学校のそばの旧佐賀城外堀を挟んで発声練習
- 放課後: パントマイム、演技、表情の作り方、セリフの言い方、歌、台本の選び方、大道具、小道具、照明、音響など、演劇の全てを叩き込まれる
この指導により、村井さんの演技の才能が開花しました。
辻萬長を追って上京
高校卒業後、先に劇団俳優座に入所していた辻萬長さんを追って、村井さんも上京。劇団俳優座養成所に入所しました。
劇団俳優座養成所時代:「花の15期生」
「花の15期生」の豪華メンバー
村井國夫さんは、劇団俳優座養成所の**「15期生」として入所。この期は、後に「花の15期生」**と呼ばれる伝説の世代でした。
同期のメンバー:
- 夏八木勲(俳優)
- 前田吟(俳優・「男はつらいよ」シリーズ)
- 地井武男(俳優・「ちい散歩」)
- 竜崎勝(俳優)
- 高橋長英(俳優)
- 小野武彦(俳優)
- 串田和美(演出家・俳優)
- 太地喜和子(女優)
錚々たるメンバーが揃った黄金期でした。
卒業後:劇団「自由劇場」旗揚げ
1966年、劇団俳優座養成所を卒業。
東映から専属契約の話もありましたが、「映画より芝居」との思いから本数契約とし、串田和美ら同期生と劇団「自由劇場」の旗揚げに参加します。
俳優デビュー:1966年
東映映画でデビュー
1966年、東映の映画に出演し、俳優としてデビュー。
しかし、**「劇団は食えない」**として4年ほどで劇団を辞め、元気があったテレビに活躍の場を求めます。
1970年代:テレビドラマで悪役として活躍
時代劇・刑事ドラマの悪役
1970年代から1980年代にかけて、村井さんはテレビドラマや時代劇に出演し、悪役として活躍します。
特徴:
- 鋭い目つき
- 長身でスタイル抜群
- 低音の渋い声
代表的な出演作:
- 時代劇での悪役多数
- 刑事ドラマでの悪役
当時の評価:
「若い頃は鋭い目つきなどから悪役が中心だった」
若い頃の画像

1985年公開「緋牡丹博徒 一宿一飯」出演時の村井國夫さん(41歳頃):
- 渋くてダンディ
- 長身でスタイル抜群
- イケメン
代表作品【若い頃】
映画
『日本沈没』(1973年):
- 監督:森谷司郎
- 村井さん29歳の時の作品
- 日本を代表するパニック映画
『野菊の墓』:
- 監督:澤井信一郎
『この子の7つのお祝いに』:
- 監督:増村保造
『小説吉田学校』:
- 監督:森谷司郎
テレビドラマ
NHK大河ドラマ『山河燃ゆ』(1984年):
- 村井さん40歳の時の作品
- 日系アメリカ人の苦難を描いた作品
『これが青春だ』:
- 日本テレビ系青春ドラマ
- ここで後の妻・音無美紀子さんと出会う(後述)
『でっかい青春』:
- 日本テレビ系青春ドラマ
時代劇
仮面ライダーシリーズなど、特撮作品にも出演。
舞台への回帰:1980年代半ば
テレビに単調さを感じ始める
1980年代、テレビドラマで多忙な日々を送っていた村井さんですが、テレビの仕事に単調さを感じ始めます。
転機: 養成所同期の高橋長英さんと太地喜和子さんの舞台『藪原検校』を見て、衝撃を受けます。
「俺はテレビでいったい何をやっているんだ」
この衝撃をきっかけに、五月舎制作、木村光一演出の舞台作品へ出演するようになります。
ミュージカル『レ・ミゼラブル』でジャベール役
1989年、ミュージカル『レ・ミゼラブル』のジャベール役でミュージカルデビュー。
驚異の記録:
- 2001年まで13年間で800回以上出演
- 高い評価を得る
ジャベール役:
- ジャン・バルジャンを追う警部
- 厳格で融通の利かない法の番人
- 深みのある演技が求められる難役
『蜘蛛女のキス』でゲイの囚人役
1992年、舞台『蜘蛛女のキス』でゲイの囚人を演じ、第47回文化庁芸術祭賞を受賞。
挑戦的な役柄に果敢に挑み、高い評価を得ました。
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ハリソン・フォードの吹き替え:1985年~
「レイダース/失われたアーク」で専属化
1985年、日本テレビの『金曜ロードショー』で放映された『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』以降、日本テレビ制作によるハリソン・フォード出演作の吹き替えを村井さんが担当。
それまで: フォードの吹き替え声優は作品ごとに変わる状況
村井さんの吹き替え:
「ダンディだが軽妙さのある声が見事にはまった」
と評され、繰り返しテレビ放送されたこともあり、1980〜90年代におけるフォードの専属声優として定着しました。
インディ・ジョーンズ役
代表作:
- 『インディ・ジョーンズ シリーズ』
- ビデオソフト版
- パチンコ『CRFインディ・ジョーンズ』
- 東京ディズニーシーのアトラクション『インディ・ジョーンズ・アドベンチャー』
「耳馴染みのある村井吹替」として、現在も多くのファンから支持を集めています。
村井さんのこだわり
声質について:
「親から授かった喉を練習で磨き、今の声になった」
フォードの吹き替えに関して:
「(自分の)骨格がわりと(フォードと)同じような雰囲気でしたから、声にも違和感がなかったんだと思います」
演技について:
- 声優が得意とする演技(俗に言うアテレコ口調)を良くは思っていなかった
- 「普通に喋ることを重視していた」
- そこがフォードの容姿にハマったのかもしれない
フォードへの愛着
当初:
「凄く素敵な役者ですが、あくまで『スター』であって、『上手い役者』ではありません。彼が芝居しているヒーローの魅力を壊さないようにしつつ、演じきれていない部分を助ける」
後年:
「(フォードの演技を見た際に)凄く上手くなっていた。役者というのは、ちゃんと愚直にやっていけば花が開くんだと思いました。僕もそうなる時を期待しながらやっています」
音無美紀子さんとの出会いと結婚
『でっかい青春』での出会い
1960年代後半、日本テレビ系ドラマ『でっかい青春』で、村井さんと音無美紀子さんは共演します。
音無さんの証言:
「『でっかい青春』の頃に熱を上げているレギュラー女生徒がいて(村井さんを)知っていたが、まったく関心を持っていなかった」
友人・地井武男の紹介で再会
劇団俳優座養成所の同期で親友の地井武男さんが、音無美紀子さんを村井さんに紹介。
地井武男さん: 音無さんの幼なじみ(音無さんは地井さんを兄と慕っていた)
交際が始まり、1975年に結婚。
おしどり夫婦として
結婚後:
- 一男一女に恵まれる
- 長女:村井麻友美さん(女優として活動中)
- 長男:村井健太郎さん
現在も仲の良いおしどり夫婦として知られています。
2004年: 共著『妻の乳房 -「乳がん」と歩いた二人の十六年』(光文社)を出版
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受賞歴【若い頃~中堅期】
1992年: 第47回文化庁芸術祭賞受賞(舞台『蜘蛛女のキス』)
2006年: 菊田一夫演劇賞受賞
2011年: 読売演劇大賞受賞
2019年: 紀伊國屋演劇賞受賞
2021年: 読売演劇大賞受賞(2度目)
2024年: 第18回声優アワード 外国映画・ドラマ賞受賞
現在の活動【2026年】
80歳の現在も現役
2026年1月現在、80歳の村井國夫さんは、今も精力的に活動しています。
主な活動:
- 舞台を中心に活動
- テレビドラマにも出演
- 声優業も継続
心筋梗塞からの復帰
2019年: 劇団公演中に軽度の心筋梗塞を発症、公演を降板
2020年: 舞台を続行できず休養
この経験を契機に葉巻を断ち、家族への感謝と役者としての責任を一層深く意識。
復帰後のコメント:
「芝居が趣味のようになった。出演作品を大切にしたい」
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若い頃の村井國夫さんの魅力
1. 渋くてダンディな容姿
- 長身176cm
- 鋭い目つき
- スタイル抜群
- イケメン
2. 低音の魅力的な声
**「イケボ」**として知られる渋い声質。
この声が、ハリソン・フォードの吹き替えに見事にハマりました。
3. 悪役から二枚目まで
若い頃は悪役中心でしたが、後には二枚目役、主役も多数演じるようになり、幅広い演技力を見せました。
4. 舞台への情熱
テレビで成功しながらも、**「芝居を深めたい」**という志のもと、舞台演劇に回帰。
ミュージカル『レ・ミゼラブル』では13年間で800回以上出演という驚異的な記録を打ち立てました。
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よくある質問(FAQ)
Q1: 村井國夫さんの若い頃はイケメンでしたか?
A: はい、若い頃から渋くてダンディなイケメンでした。長身でスタイルが良く、鋭い目つきが魅力的でした。
Q2: 若い頃はどんな役が多かったですか?
A: 1970年代から1980年代にかけては、時代劇や刑事ドラマで悪役として活躍することが多かったです。
Q3: 音無美紀子さんとはどこで出会ったのですか?
A: ドラマ『でっかい青春』で共演しましたが、当時は関心がなかったそうです。後に、親友の地井武男さんの紹介で再会し、交際に発展しました。
Q4: ハリソン・フォードの吹き替えはいつから?
A: 1985年の『レイダース/失われたアーク』以降、日本テレビ制作の作品でフォードの専属声優となりました。
Q5: 若い頃の代表作は?
A: 映画『日本沈没』(1973年)、NHK大河ドラマ『山河燃ゆ』(1984年)、ミュージカル『レ・ミゼラブル』(1989年~)などです。
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まとめ:渋さと実力を兼ね備えた俳優の若き日
村井國夫さんの若い頃は、悪役で名を馳せた時代劇スターから、舞台で800回以上も出演するミュージカル俳優、そしてハリソン・フォードの声として親しまれる声優まで、多彩な活動を展開してきました。
若い頃の村井國夫さんのキャリア
1966年(22歳): 東映映画でデビュー
1970年代(26歳~): テレビドラマ・時代劇で悪役として活躍
1985年(41歳): ハリソン・フォードの吹き替え開始
1989年(45歳): ミュージカル『レ・ミゼラブル』でジャベール役
村井國夫さんの魅力
- 渋くてダンディな容姿と低音の魅力的な声
- 悪役から二枚目まで幅広い演技力
- 舞台への情熱——「芝居を深めたい」という志
- ハリソン・フォードの声として定着した声優業
- おしどり夫婦——音無美紀子さんとの50年
2026年、80歳の現在も現役で活躍する村井國夫さん。若い頃から培った実力と渋さで、これからも私たちを魅了し続けることでしょう。
関連リンク:
- トム・プロジェクト公式サイト: https://www.tomproject.com/
- 音無美紀子 オフィスのいり: https://www.office-nori.com/
最終更新: 2026年1月25日
情報の正確性: 本記事は公開されている資料に基づいています。最新情報は各公式サイトでご確認ください。

