消えた天才★上原浩治&大山加奈が敵わなかった!知られざる実の兄弟SP★
2019年5月19日(日) 20時00分~20時54分 TBS系列で放送
中学で野球を辞めた兄北川隆明さん
1999年4月に北川ヒューテックに入社して、翌年、北川義信会長の三女の北川春子さんと結婚。北川家の養子になったので名字が変わったのですね。北川義信会長には男の子がいなかったのですね。
逆玉といえば言えなくもないですが・・・
上原浩治といい兄の北川隆明といいスゴイ兄弟です。
子供の時には当時住んでいた寝屋川の三井秦団地の会談めがけてボールを投げていた。
父親が監督をしていたチームで上原浩治は野球を始めたが、さほど本格的ではなかった。中学時代は陸上部にも入り、三段跳びや幅跳びをしていた。「自転車で通えて、野球が強い」という理由で選んだ東海大仰星高時代はセンター。3年時に投手に転向したが、最後まで控え投手だった。当時の東海大暁星のチームメートに聞いても全く野球のセンスが全くなかったという。
高校時代の公式戦通算投球回はわずか6回1/3。
上原浩治も雑草魂といい努力はしたでしょうが・・・東海大仰星高校野球部でも注目されたわけではなかった。でないと浪人という選択肢はまずないでしょう。大阪体育大学には1浪の末入学。スポーツセレクトではないのです。大学入学まではほぼ無名だったのです。
体育教師を目指し、大体大の入試を受けるも不合格。これが転機となった。
上原浩二のその後の活躍がわかっていたら、大阪体育大学も入学試験を落とすわけなかったでしょうね。
勉強とともに、体も鍛えておいたほうがいいというアドバイスもあり、ジムでトレーニングをし、体のメカニズムを勉強した。『ノーラン・ライアンのピッチャーズ・バイブル』をむさぼるように読んだのも、この時期だ。この本は兄隆明がプレゼントしたもの。
今はもうないが、大阪の寝屋川市の駅前近くのスポーツジムに通って筋トレをしていた。
浪人中1年間、ほとんど野球はしていなかったが、理論立てたトレーニングで、しっかりと体が出来上がったことに加え、自身の長身を利したフォームの研究も奏功。見違えるほどの成長を遂げていたのだった。
ココが上原浩治の凄さなのです。
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で上原浩治の兄の北川隆明さんは小学校当時上原浩治が敵わなかったという野球の実力だった。
しかし中学で早々野球をやめたのです。
理由は小学校6年で公式チームに移行したため。ボールの重さでひじをこわした。
また進学した中学には野球部がなかった。
で子供のときはやはり兄がとてつもなくスゴイというのは野球に限らず同じスポーツをする兄弟にはよくあること。
でもやはり最後まで続けたものが勝つのです。
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北川隆明さんの会社北川ヒューテック
〒921-8584 石川県金沢市神田1-13-1
TEL:076-243-2211 FAX:076-247-2145
代表取締役社長 北川隆明
上原浩治さんの実の兄北川隆明さん
上原浩治によく似ています。
資本金3億円 年商142億円の中堅企業です。
そこの代表取締役社長です。
本社所在地
金沢本社
〒921-8584
石川県金沢市神田一丁目13番1号
東京本社
〒103-0013
東京都中央区日本橋人形町二丁目14番9号
設立 1927年4月
業種 建設業
法人番号 6220001002307
代表者 代表取締役社長 北川 隆明
資本金 3億円
売上高 142億円(2013年5月期)
従業員数 382名
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