ビートたけしが勝てない思った天才芸人が明らかに!島田洋七では?

水トク!「1番だけが知っている」【MC】坂上忍・森泉
2017年10月18日(水) 20時00分~21時57分

あの天才といわれるビートたけしをして天才と言わしめる芸人が本日明らかになります!
当サイトではその名前を番組に先立ち予測しましたよ。

生き方でかなわないと思ったのは所ジョージ。

後輩では、サンドウィッチマン・千鳥・博多華丸大吉は好きだ。

たけしがかなわないと思った芸人は明石家さんまでした。
明石家さんまのアドリブ力らしいです

オレたちひょうきん族で初共演した時のことらしい。

 

間違っていた場合はひらにお許しを願います。

ビートたけしが天才って認めるにはそれなりの技がないと。
島田洋七を認める 3個の理由

 

その1

第一次漫才ブームで一世を風靡した「B&B」洋七のしゃべくりは絶妙でした。

ビートたけしも「洋七のしゃべりは誰もかなわない」と絶賛するほど。
ネタ自体が大したことがなくても、喋りのリズムで笑いに持っていく技量には一目おいていました。

その2

たけしがフライデー事件で謹慎中も、見放さなかった島田洋七

たけしの”フライデー事件”の裁判中に、たけしがマスコミの目を避けるために沖縄の石垣島に逃避行した際、洋七が頻繁に訪ねて、砂浜で延々と語り合い、潮が満ちて、膝が水に浸かるのに気づかないほどだったといいます。

2人の関係をよりいっそう深めたのは、’86年12月の『フライデー襲撃事件』だった。逮捕されたたけしは、判決が出るまでマスコミの目を避けるために沖縄県石垣島に身を隠していたが、当時について「唯一、洋七だけが仕事の合間を縫って何度も来てくれた。それも自腹。一生忘れないよ」と語っている。

たけしが復帰後に再ブレイクすると、逆に洋七は“漫才ブーム”の終焉と同時に仕事が激減。暇を持て余した洋七は、たけしの別宅に居候し、プロ並みの腕前で食事係を務めた。

 

その3

突っ込みボケという新しい分野であり、1人が完璧にネタの九割喋るんです。で、誰がこれを編み出したかというと、最初は松竹芸能のケンケン・てるてるという方が、それをちょっとやったんです。

それを見た島田洋七がパクったんです。これが自分に合うと思ったんです。その洋七さんを見てたけしさんも”これや!”ってパクったんです。そして高校三年生の僕が洋七さんを見て『今までの漫才なんか全然おもろない。これからはこれや!』ってこの世界に入ったんです。

僕もツービートも全然売れてない時、東京の漫才コンクールでたけしさんに会ったんですが、たけしさんの言葉未だに忘れられません。『B&Bに似てるね』って。そんとき『はい』って言いながら心の中で、おまえらもやないかい、と叫びました」と話している。

初対面でビートたけしが、とっさに年をごまかした人物。たけしに「漫才だけは洋七に勝てなかった」「漫才ブームは洋七が作った」と言わせた人物でもある。

 

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